(写真:PIXTA)

 今回のLIXIL瀬戸氏の解任、その前身である2007年の住生活グループ時代の社長交代は、さらにその前身であるTOSTEMで1995年に起きた、ある子会社社長の解任をも思い起こさせる。TOSTEMの社内ベンチャーとして生まれたアイフルホームテクノロジー(現アイフルホーム)社長だった加藤充氏が突然、その職を解かれたのだ。当時、アイフルホームは工務店をフランチャイズ(FC)化する住宅事業で成長していた。TOSTEMを離れた加藤氏はその後、やはり工務店をFC化するユニバーサルホームを立ち上げている。
 日経ビジネスに掲載された加藤氏のインタビューを収めた1995年5月29日号の日経ビジネスの記事を再録する。

「出る杭」打った親会社 FCオーナー軽視に憤り

加藤充(かとう・みつる)氏
1944年神奈川県生まれ、50歳。67年慶應義塾大学卒業後、台糖ファイザー入社。75年同社を退社し米国でMBA(経営学修士)を取得。78年トーヨーサッシ(現トステム)入社。総務課長兼外国課長を勤める。84年アイフルホームテクノロジーの設立に参加。86年社長に就任。95年4月に退社。

 私がアイフルホームテクノロジーの社長を解任されたことについて、さまざまな憶測が飛び交っているようです。私と親会社であるトステムの潮田健次郎社長との対立を強調する向きもあるようですが、私は潮田さんにはずいぶんお世話になりましたし、経営者として尊敬もしています。いつまでも偉大な経営者であってほしいと思っていますので、個人攻撃をする気持ちは毛頭ありません。今回の解任劇について、できるだけ客観的に説明させていただこうと思います。
 4月5日、トステムの潮田社長から本社に呼ばれた私は、アイフルの社長を辞任するよう言われました。その場で特に理由の説明はなく、私もあえて聞きませんでした。
 代わりに打診されたのは、トステムの顧問職への就任です。 「輸入住宅のフランチャイズチェーン(FC)の事業を新しく立ち上げてほしい」というものでした。よく聞いてみると、具体的な計画は準備されておらず、外国にでもぶらぶら行ってきたらいい、といった調子でした。私は顧問を引き受けるとしても、ちゃんとした契約書を作ってほしいと要求しました。
 12日に契約書にサインしようとした時、「(トステムの)都合により解雇できる」という条項があるのを見つけました。結局、私は信用されていないんだなあ、と感じて顧問就任を辞退しました。もっとも、輸入住宅の事業そのものが、アイフルの仕事を辞めてまでやりたい仕事ではありませんでしたし、無理やり設けた閑職という印象でしたから、解約条項を口実にして断ったというのが、本当のところです。