ドナルド・トランプ米大統領が10月20日、INF(中距離核戦力)廃棄条約を破棄する意向を明らかにした。米国と旧ソ連が1987年に調印した、初めての核軍縮条約だ。しかし、核戦略に詳しい川上高司・拓殖大学教授は「米国の真の狙いは中国への対抗にある」と見る。その先には、日本が、非核三原則の見直しを迫られる可能性が浮上する。
(聞き手 森 永輔)

トランプ大統領が、米国がロシアと交わしているINF(中距離核戦力)廃棄条約を廃棄する意向を示しました。狙いはどこにあるのでしょうか。

拓殖大学教授
1955年熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:大槻純一)
川上:この条約は、米国とロシアがともに、核弾頭の搭載が可能な射程500~5500km(中距離)の陸上配備型弾道ミサイルおよび同巡航ミサイルを開発、発射実験、生産、保有しないと約束したものです。しかし、米国の真の狙いは中国との軍事バランスを米国優位で保つことにあるとみています。
中国は、米軍が中国沿岸に近づくのを阻止すべくA2AD*と呼ぶ戦略を推進しています。これは1996年の台湾海峡危機で得た教訓から導かれた戦略。台湾総統選挙に中国がミサイル演習で介入した際、米国は空母2隻を派遣し、これを抑え込みました。
A2ADの一環として中国は、弾道ミサイルを東シナ海や南シナ海に向けて1400~1800発配備しています。このため、米軍の空母が東シナ海で活動しづらくなる可能性が高まっているのです。
米国は、中国が配備するこれらのミサイル群とのバランスを保つため、中距離の核戦力を東アジアに展開したい。しかしINF廃棄条約があるため、これがかないませんでした。
「ツキディデスの罠」が現実化
なぜこのタイミングなのでしょう。
川上:中国の経済成長は著しく、そのGDP(国内総生産)は遠からず米国を追い抜くと予想されています。それが軍事費にも反映される。今を逃したら、米国の軍事的優位性が維持できなくなると考えたのだと思います。
トランプ政権においてこの2~3カ月の間に対中強硬派が発言力を増しています。マイク・ペンス副大統領が10月8日に講演し、「中国が(世界中で)政治・経済・軍事的な手段を総動員して影響力を拡大しようとしている」と発言したのはその象徴です。軍事に関しては「(編集注:中国は)海洋や宇宙などで米軍の優位性を揺るがすための軍事力増強を最優先している」と主張しました。
かつて中国の専門家が「ペンスが大統領になるよりトランプの方がまし」と語っていたのを思い出します。
国家安全保障問題担当の大統領補佐官を務めるジョン・ボルトン氏も対中強硬派の一人です。今年3月、H.R.マクマスター氏に代わって就任しました。
オバマ政権の末期に国防総省が応用科学研究所に委託して、金融市場を舞台にした“戦争”のシミュレーションを行いました。現在進行中の対中貿易戦争はこれを実行に移したものとみられます。米国は新たな覇権国を目指す中国を、経済・金融を総動員して抑え込む考え。そして、当然、軍事力でも抑え込む意向です。INF廃棄条約の破棄はその一環だと考えられます。“ハイブリッド型”の戦争が米中間で始まったと見るべきでしょう。
「ツキディデスの罠」がまさに進行しているのですね。古代ギリシャの歴史家ツキディデスがペロポネソス戦争を描く中で、新興国が台頭し強力になると、既存の覇権国の不安が増し、戦争が起こる、と記しました。
川上:おっしゃるとおりです。
タイミングについては、中間選挙が近づき、トランプ大統領がロシアに対して強硬な姿勢を示したかったという事情もあるでしょう。ロシアゲート疑惑の捜査が依然として続いています。
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