日本の科学技術力の低下を指摘する声が強まっている。全米科学財団(NSF)がまとめた報告書「Science and Engineering Indicators 2018」によると、2016年の世界論文数ランキングで日本は第6位と、2006年の第3位から3ランク低下した。中国や米国、インドなどの上位の国々の中で、論文総数が減少傾向にあるのは日本だけだという。

 この状況は産業界にも少なからず影響を与えている。かつて世界市場を制覇した「日の丸半導体」だが、今は見る影もない。2018年第2四半期のメーカー別市場シェアでは、東芝メモリーが辛うじて第9位に入っているだけだ。さらに将来、大きな市場に成長すると期待されているAI(人工知能)でも、日本は世界に比べて「周回遅れ」といった指摘が少なくない。

 一方で、米国は研究開発力をエンジンとしながら産業を強化し続けている。彼我の差はどこで生まれているのか。生天目章氏は、米国と日本の研究開発体制の違いに詳しい識者の1人だ。現在同氏は、米国空軍研究所(AFRL)のアジア事務所で、将来有望な基礎研究に取り組む日本やアジアの大学に研究助成をする仕事に就いている。「技術の目利き」である生天目氏に今回、米国と日本の研究開発に対する取り組み方の違いや、米国が注力する技術分野などについて聞いた。

米国の研究開発を先導するDARPA

<b>生天目 章(なまため・あきら)氏</b><br />防衛大学校名誉教授/米国空軍科学技術局科学顧問。1950年福島生まれ。73年防衛大学校卒業。スタンフォード大学大学院修士課程(オペレーションズリサーチ)及び博士課程(システム経済工学)Ph.D取得。86年防衛大学校応用物理学科講師。96年同大学校情報工学科教授。2016年に退官し、同年から現職。著書に『ゲーム理論と進化ダイナミクス』(森北出版)、『戦略的意思決定』(朝倉書店)、『社会システム』『うそつきは得をするのか』(ソフトバンククリエイティブ)、『Agent based modeling and Network Dynamics』(Oxford University Press)など。
生天目 章(なまため・あきら)氏
防衛大学校名誉教授/米国空軍科学技術局科学顧問。1950年福島生まれ。73年防衛大学校卒業。スタンフォード大学大学院修士課程(オペレーションズリサーチ)及び博士課程(システム経済工学)Ph.D取得。86年防衛大学校応用物理学科講師。96年同大学校情報工学科教授。2016年に退官し、同年から現職。著書に『ゲーム理論と進化ダイナミクス』(森北出版)、『戦略的意思決定』(朝倉書店)、『社会システム』『うそつきは得をするのか』(ソフトバンククリエイティブ)、『Agent based modeling and Network Dynamics』(Oxford University Press)など。

生天目さんは米国空軍の科学顧問として技術の目利きをしながら、「ゲームチェンジングテクノロジー」(ゲームを変える技術)に注目しているそうですね。

生天目:ゲームチェンジングテクノロジーは、世界市場や生活様式など人間社会の未来の姿を一変させる革新的な技術のことを指します。それを実現するために、米国や日本、欧州では、国の政策として長期的な視点に立ち、基礎研究と事業化を橋渡しするブレークスルー型研究に力を注いできました。これは、多くの基礎研究の成果を束ねて事業化するために必要な、初期段階の研究として知られているフェーズです。

 ブレークスルー型研究をうまく進めるためには、ゲームチェンジングテクノロジーを予測し、それを実現するためのシナリオであるテクノロジー・ロードマップを描くことが大切になります。ただし、それは簡単ではありません。ブレークスルー型研究のための方法論を比較すると米国と日本には大きな違いが存在します。

その違いとは、何ですか。

生天目:米国では「研究に助成する」というよりも、「研究に投資する」という意識が強い。だから「カネは出すけど、クチは出さない」という立場をとりません。注力すべき研究テーマを検討するコミュニティーをつくり、また社会に広くオープンにして様々な議論を重ねながら、研究シナリオを決めます。そのコミュニティーに参加するのは、国の研究機関や大学、民間企業、そして投資家などの人たちです。しかもこのため、米国の研究開発の現場では、「生態系(エコシステム)」という言葉がよく使われます。日本のように一部の科学者や研究者の閉じた集団で決めることはないのです。

 戦後から今まで、日本の研究開発スタイルはキャッチアップ型です。米国にモデルがあり、それにいかにして追いつくかで、技術上の達成目標が極めて明確でした。例えば、1980年代後半頃までは日本の電子産業は好調で、一時的に世界の先頭に立ったように見えました。しかし、フロンティアに近づいたときに何をすべきなのかを自分の頭もしくは自分たちのコミュニティーで考える習慣がなかったため、右往左往してしまった。

 日本の半導体産業が凋落した今でも、旧来型の国家プロジェクトの失敗を反省することなく、似たようなプロジェクトが続いています。半導体関連の国家プロジェクトの目標は「日本の電子産業をつぶしてはいけない」だけが目標であって、ムーアの法則に則って指数関数的に進歩する半導体技術を先取りする形で成長させ、いかに事業化に結びつけるかという点がスッポリ抜け落ちていました。これこそが、キャッチアップ型の研究開発から脱皮できていない証左でしょう。

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