「ベンチャーで給料支払いに四苦八苦」

では、北川さんのキャリアについて聞かせてください。銀行や証券会社に勤務されたのち、立ち上げ期のベンチャーにCFO(最高財務責任者)として参画しました。そのベンチャーを廃業した後、大和証券に戻り、IPOを支援する立場にまわりました。

北川氏:どこから話せばいいですか。幼少期からかな(笑)。

 それは冗談として、大学卒業後の話をしますね。実は大学生の頃は特にやりたいことがなかったんです。金融機関は様々な企業の間を取り持つ役割を果たします。そういうところに身を置いて、やりたいことを見つけようと思いました。それで住友銀行に入行しました。

 最初の6年は大阪の支店で、法人、個人向けのほとんどすべての業務を経験しました。担当した地域には多くの大企業がある一方、年金生活者も多い。支店長は3人代わりましたが、私は長くいたので、誰よりもその地域を分かっていたと思います。そのご褒美か、人事から異動の打診がありました。「本店に行きたいのか?」と。そのとき私は、「いえ、本店ではなく証券子会社に行かせてください」と答えたんです。銀行という「間接金融」を経験した後に、証券という「直接金融」の世界に行きたいと思ったからです。

なぜ直接金融に?

北川氏:理由は複数ありますが、「間接金融のずるさ」を感じることがあったからです。バブル崩壊後、預金金利は下がりましたが、銀行は貸出金利を上げようとしました。そんなことをしたら立ち行かなくなる企業が出てきます。そういう世界を見て、間接金融ではないところに行きたいと思うようになりました。

 ちょうどその頃は銀行が証券子会社を作り出した時期で、住友銀行も住友キャピタル証券を設立していましたので、私はその会社に移りました。

それが最初の証券会社での勤務ですね。

北川氏:はい。移ってからは、企業の社債の発行などを担当する、いわゆる引受部隊として関西の上場企業を担当しました。大和証券や野村証券などとは違い、私たちの拠点は東京と大阪のみで、私の担当地域は関西全てでした。

 その後、東京に移り、トレーダーとして2年ほど働きました。担当したのは、静岡以北の金融機関全て。金融機関から電話で国債の売り買いなどの依頼を受けます。先方は複数の証券会社に同時に電話をかけながら、一番利益が出る会社に依頼しようとしますから、毎秒が勝負です。

 1999年に、大和証券と私が勤務していた住友キャピタル証券などが一緒になり、大和証券エスビーキャピタル・マーケッツが発足しました。そこで上場企業を担当し、M&Aや資金調達などをサポートしたのですが、当時一緒に仕事をしていたのが中田社長や松井敏浩・大和証券グループ本社副社長です。

 2001年になると、旧さくら証券も合流してきます。ですが複数の会社が一緒になることで、縦割りの弊害を感じる場面もあり、本当に顧客のために働けているのか疑問に思いました。上層部にその思いをぶつけたこともありました。ちょうどその頃いくつかのベンチャーからも誘われていたこともあり、証券会社を離れる決意をしました。

どのようなベンチャーに行ったのですか。

北川氏:ソフトウェアのベンチャーにCFO(最高財務責任者)として入りました。事業計画を描くなど大きなことができると思いましたが、現実は違いました。財務の責任者として、従業員に対して必ず給料を払うのが自分の責務でした。本来は借り入れた資金を開発に当てるべきでしたが、実際は自転車操業で、私は毎月の従業員給料の支払いに四苦八苦していました。

 開発したものを実際に売るのは大変なのだと改めて思い知らされました。営業に行くと、すぐにアイデアを真似されることもあります。

 何とか頑張って3年後くらいにはかなり成長してきたのですが、事情があって廃業という道を選びました。詳しくは言えませんが・・・・・・。

その後、大和証券に戻られた、と。

北川氏:廃業すると官報にその事実が掲載されます。たまたまですが、その官報を大和証券の上司が見ていたんです。それで、私が働いているベンチャーが廃業したことを知り、「行く場所ないなら、戻ってこい」と言ってくれました。

 大和証券に戻ろうと思ったのは、恩義ですね。偶然、官報を見てくれたという縁もあります。他のベンチャー企業で働くという選択肢もありましたが、在籍していた会社の仕事以上にやりたい仕事がなかったので、再び大和証券に戻ろうと思いました。

戻ってからはどのような仕事をされていたのですか?

北川氏:事業法人部で7年半ほど電機メーカーなどを、その後は6年ほど公共法人部で霞が関を担当していました。

 17年10月に現在の部署に所属し、ベンチャー企業のIPOを支援しています。

「ベンチャーが悩むポイントが手に取るようにわかる」

北川氏は最初の証券会社を辞めてベンチャーへ。「ベンチャーでの日々は想像していたものとは違った」(北川氏)。辛いことも多かったようだが、その経験が今に生きる。
北川氏は最初の証券会社を辞めてベンチャーへ。「ベンチャーでの日々は想像していたものとは違った」(北川氏)。辛いことも多かったようだが、その経験が今に生きる。

ベンチャー企業の経験は、今の仕事にどのように生きていますか。

北川氏:今は未公開の企業を担当していますが、彼らが外に対して元気よく見せていても、ベンチャーを経験しているので内部事情がよく分かります。何に悩んでいるのか、何を大事にしているかなど、考えていることがよく分かる。だから、上から目線ではなく寄り添いながら彼らの成長を支援することができます。

ベンチャーが悩むのはどのような点ですか。

北川氏:アイデアが良くても、世の中が受け入れてくれるかどうか分からない、という点につきます。現在はカネ余りと言われていて、資金調達は比較的容易です。ですが、資金があっても、アイデアがあっても、それが時代に合っているのか確信が持てず不安です。適切な層に届けられるかも分かりません。多くの資金を調達してコマーシャルを展開したとしても、本当に売れるものは時代に合っているサービスやモノなんです。

 その悩みに対して証券会社は、どういうところと商談すればよいのかといった提案ができます。その引き合わせによって化学反応が起き、ベンチャー企業が想定していなかった利活用のアイデアが生まれるかもしれません。

逆にベンチャー企業は、どういう証券会社を主幹事として選びたいと思うのですか。

北川氏:最近上場した企業の中で大和証券が主幹事だったのは1~2割くらいですが、シェアが高いからという理由で私たちを選ぶベンチャーはあまりいません。手数料やコンサルティング料が高い、安いもそこまで関係ないかもしれません。

 ベンチャーが重視しているのは、「ストーリー」だと思います。自分たちの事業をどう投資家に訴えれば理解を得られるのかなど、ストーリーを一緒に考えて描いてくれる人を欲しています。ベンチャーは足りない部分がすごく多いのです。例えば人材の面で言うと、法務部長や総務部長なんて普通いません。でも上場するには、そういう部分も補強する必要があります。そのような点も含めて、上場までのストーリーを描いてくれるかどうかが、ベンチャーが証券会社を選ぶ基準だと思います。

今のIPO市場をどう見ていますか。過去と異なる点は。

北川氏:現在のベンチャー企業の経営者たちは、ITバブルやリーマンショックを見てきた人たちです。ITバブルの時代は、「ブーム」や「雰囲気」で起業する人もいましたが、今の経営者は地に足がついた印象です。「したたか」とも言えるかもしれません。

思い出深い案件は?

北川氏:以前担当したテレビ朝日や、ぴあなどは印象に残っています。大和証券が主幹事を務めたメルカリやラクスルもですね。ただいずれも、自分が発掘して伴走して上場までもっていったわけではありません。そういう意味では、まだ「これはやり切った」という案件はないのです。

長らく業界の第一線にいるのに意外な答えですね。

北川氏:ええ。実現できたらものすごい達成感だろうなと思います。そんな日が来たらいいですよね。上場したメルカリもラクスルも、実際に主幹事となってから4~5年経っているので、私はそこまで深く関わったわけではありません。この部署に来て11カ月経ちましたが、「次の注目株」を発掘できている自負はあります。

日経ビジネスRaise(レイズ)」では、学生向けに「オンライン・インターン」を実施しています。今週は大和証券でベンチャー企業のIPOを支援している北川勝久氏をメンターに迎え、証券会社がIPOで果たす役割を学びます。

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