日本企業がアフリカ進出に欠かせない視点
ジェフリー・サックス氏、「サステナビリティー」を語る
8月27日と28日の2日間、ケニアのナイロビでアフリカ開発会議(TICAD)が開かれる。アフリカと日本の経済連携強化を目的とし、5年に1度のペースで開催を続けてきた。今回は初めてアフリカ現地で開催となり、安倍晋三首相と共に、多数の日本企業が現地に飛ぶ。
多くの企業が、最後の巨大市場と言われるアフリカ大陸の潜在力に期待を寄せる一方で、アフリカを巡る状況はここ数年で大きく変わった。2000年代から投資を増やしてきた中国経済が失速し、そのあおりを受けアフリカ資源国も経済が急速に悪化している。
日本企業はどうアフリカを攻めればいいのか。カギを握るのが、「サステナビリティー(持続可能性)」というキーワード。具体的には、環境破壊や貧困の拡大といったグローバル化の進展によって深刻化する社会問題に対して、企業が事業として課題解決に取り組む活動などを指す。社会貢献活動をビジネスとして成立させ、単なる慈善事業に終わらない、文字通り持続可能な活動を目指す。
アフリカの多く国では、今も貧困や食糧難が社会問題になっている。こうした社会課題に対して、企業がビジネスとして課題を解決し、市場を開拓していく。サステナビリティーの重要性を認識する日本企業は増えつつあるが、今回のTICADを契機に、さらにその影響が広がる可能性もある。
サステナビリティーの重要性を説き、推進する世界的権威が、米コロンビア大学地球研究所のジェフリー・サックス所長。国連事務総長の特別顧問も務め、貧困撲滅や温暖化対策などの社会問題に取り組んできた。
アフリカ市場の開拓にはもちろん、グローバルに事業を展開する企業には無視ができなくなってきたサステナビリティーの視点。サックス氏に、その意義と日本企業への期待を聞いた。(聞き手は 小暮 真久、構成=佐々木希世)
ジェフリー・サックス(Jeffrey D. Sachs)氏
米コロンビア大学地球研究所所長、国連事務総長特別顧問。1983年に28歳で米ハーバード大学教授に就任、開発経済学や国際貿易を担当。国連、世界銀行など国際機関を通じて貧困撲滅などに尽力してきた。英誌エコノミストが選ぶ「過去10年で最も影響力のある経済学者」の1人。(写真:加藤 康)
サックス氏は企業活動に「サステナビリティー」の視点が不可欠になっていると以前から主張しています。その理由を、改めて教えてください。
サックス:端的に言えば、サステナビリティーの視点を持つことは、グローバル化がもたらした功罪の「罪」を是正することにつながるからです。
1980年代以降、世界は人、モノ、金、情報が自由に国境を越えて動く時代に入り、国や企業の成長に寄与してきました。
一方で、経済成長は様々な社会問題も生み出しました。私がライフワークとして取り組む貧困、あるいは環境破壊、さらには格差の問題と、いずれも無視できない規模に拡大しています。
残念ながら、成長の過程では、社会的な公平性や、持続可能な環境への関心の優先順位は高くありません。誰もが重要な問題と認識しながらも、議論はいつも脇に置かれていました。
しかし、もはやそんなことは言っていられないほど、事態は深刻です。気候変動、森林破壊、海洋汚染など、人類にとって危険な兆候を示すニュースを頻繁に耳にするようになりました。
1990年代後半から、世界経済フォーラム(ダボス会議)などの場で、政治や経済界のリーダーたちが、この問題に取り組み始めました。その1つの成果が、2000年の国連ミレニアム・サミットで採択された「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals=MDGs)」です。貧困撲滅や環境対策など、国連加盟国と国際機関が取り組むべき8つのゴールと21のターゲット項目を掲げました。
2015年9月、その後継として開かれた「持続可能な開発サミット」において、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals=SDGs)」が採択されました。目標とするゴールは17に増え、ターゲット項目は169となりました。
SDGsの特徴はどこにありますか?
サックス:ポイントは二つあります。一つは、目標とするゴールが17に増えたことです。MDGsと比較して、社会および環境的側面を包括的に配慮した上、経済成長を果たすためのゴールをより明確にしています。MDGsでは達成できなかった保険や教育などの課題も改めて設定されました。
もう一つは、MDGsの時から推進してきた企業との関わりをより強化している点です。今ではグローバル化の問題は、国や国際機関だけでは解決できません。今や、一国の国内総生産(GDP)よりも売上高の大きいグローバル企業が無数に存在します。国と企業は、一緒になって社会問題に取り組む必要があります。
社員の士気向上、製品の信頼につながる
企業にとっても、社会課題に取り組むことは決してマイナスではありません。政府や国際機関との協業や提携を積極的に模索することは、先端科学の知見やBOP(Base of Pyramid)層への新たなアプローチの方法を企業にもたらします。そうした知見や経験が新たなテクノロジーやビジネスモデルの創出につながっていきます。
化石燃料から再生可能エネルギーへのシフトなど、「持続性のある経済発展」の実現は市民の理解や賛同が必須です。こうした場面でも連携は有効です。政府や国際機関をはじめ、学術機関や市民セクターなどとの多様な提携関係、パートナーシップは今後さらに重要になってくるでしょう。
この点を理解したグローバル企業の多くが「サステナビリティー」を経営の中心に据え始めている理由です。率先して取り組むグローバル企業も存在します。
どんな企業でしょうか。
サックス:英蘭ユニリーバや、スウェーデンのエリクソンなどが挙げられるでしょう。両社とも、トップ主導で事業の中核ミッションにSDGsを組み込んでいます。
ユニリーバは、持続可能な次世代型のサプライチェーンの開発を進めています。エリクソンは、医療、教育、効率的なエネルギー使用の分野において、モバイル技術の新たな活用による情報技術基盤を構築しています。
デンマークのバイオテクノロジー企業のノボザイムズは、ペダー・ホルク・ニールセンCEO(最高経営責任者)が事業のあらゆる側面にSDGsを反映するよう、全社に号令をかけました。
いずれの企業も、SDGsに取り組むことが、社員のモチベーション向上、世界各国の市場における信頼、顧客からの高い支持などにつながっています。技術やビジネスモデルのイノベーションにも役立っています。結果的に、グローバル市場でのブランド力も高まりました。
日本企業についてはどう評価していますか。
サックス:MDGsの達成において、日本企業は大きく貢献しました。アフリカ市場向けに住友化学が開発したマラリア防止の蚊帳は、とても有名なケースです。
SDGsの達成に向けても、個人的には日本企業にとても期待しています。特に、エネルギーやロボティクス、人材教育、ヘルスケアなどの分野における優れた技術や知見を積極的に生かしてほしいと期待しています。
住友化学の事例によって、他の日本企業が触発され、様々な活動を始めたとも聞きました。多くの日本企業がSDGsを事業のフレームワークの中に取り込み、また成果を共有して、他の企業に広げてほしいと願っています。
一方で、日本企業にはまだ社会貢献を事業に反映する動きは限定的です。営利企業である限り、収益を出さなければ社会貢献どころではない、というのが経営者の本音ではありませんか。
サックス:そうした声があるのも事実でしょう。サステナビリティーとは言葉どおり、継続を前提とした施策です。ビジネスとして成立することはとても大切です。
確かに、社会貢献と一体となった施策の場合、利益は従来のビジネスのようにはいかないかもしれません。しかし、ユニリーバやエリクソンのように、さまざまな副次的な効果も見込めます。
社会貢献は儲からない、と立ち止まる前に
例として挙がった企業はグローバル企業として名高く、経営資源も豊富です。多くの日本企業にはまだそこまでの余裕がない、との声が聞こえてきそうです。
サックス:見方を変えて、これをチャンスと考えてみてはどうでしょうか。
課題解決が企業活動の本質とするなら、SDGsが掲げた17分野は、いずれも企業のビジネスチャンスが眠っている分野と表現することもできます。ロボティクス、高齢化社会に対するサービス、災害や気候変動に強靭な食料提供の仕組み、再生可能エネルギー、次世代型都市計画など、いずれも、21世紀の成長産業と呼べるビジネスです。
日本企業は、ロボティクス、先端材料、エネルギー効率の良い電化製品など、世界をリードする分野をさまざま有しています。この分野における日本企業主導の技術革新は、必ずやSDG達成に貢献するはずです。
その意味では、今後は社会貢献と本業のビジネスは別という発想から、社会貢献の中にこそ本業拡大のチャンスがあると発想を変えるべきかもしれません。環境保全や地域社会に貢献するような新しいテクノロジーに対して、積極的に投資すべきだと私は考えます。もちろん、企業のトップがこうした意識を持つことが大切なのは、言うまでもありませんが。
企業だけでなく、日本政府の力も必要です。今後は、これまで以上に密な連携と協業が必要になるでしょう。日本は二酸化炭素排出ゼロに向けたエネルギーシステム、無公害・自動運転自動車や、持続可能な都市計画などの領域において、世界のリーダーとなれるはずです。
これらのインフラやシステムは、必ずアフリカの持続可能な発展に貢献すると思います。
Powered by リゾーム?