売上高の7割を占めるのは「ほぼ日手帳」と関連商品。このため小売業に分類されましたが、実際、何の会社ですか。

糸井:上場前は「要するに手帳の会社ですね」ってよく聞かれました。キングジムや良品計画をイメージさせる、文房具にも強い手帳の会社。最初は抵抗があったんですが、今では割り切っています。農業に例えれば僕らの事業は苗木だらけ。(手帳以外は)数字に表れていないヒヨコばかりですからね。

ほぼ日の売上高の7割を占める「ほぼ日手帳」。手帳カバーのデザインや素材のバリエーションも豊富。

確かに収益源は限られています。ウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』は無料で見られ、広告も掲載しないというスタイルを貫いています。

糸井:詳しい人は「ほぼ日は場を作っている会社だよ」と説明してくれるのですが、すると今度は「場からいくら稼いでいるんですか」と聞かれる。コンテンツを売ったり広告代を稼いだりしていないほぼ日は、メディア企業とも呼べない。会計帳簿に反映できないことを、僕らは山ほどしているわけです。

 これから僕に求められるのは、口で実態を説明し、理解してもらうことではありません。事業から果実を得られるように育てていくのが仕事です。心からそう思うようになったら、随分と憂鬱になりましたね。楽しいだけでは不十分で、成功しなければ約束が違うといわれてしまいますから。今までとは違う厳しさがあります。

ほぼ日の流儀は、「狩猟」ではなく「農業」

ほぼ日が作る「場」とは、好みや価値観を共有する人が集まる場所をイメージするといいですか。

糸井:好みというとちょっと違うかもしれません。象牙の塔やアカデミズムという言葉で表現される研究者。僕は彼らを研究人と呼んでいます。本をたくさん読む人は読書人。芸人というのもありますね。一人ひとりが所属する「○○人」の種類は様々ですが、みんなに共通するのが「生活人」という役割です。僕は「町人(まちびと)」と呼んだりもします。

生活する全ての人が、ほぼ日のターゲットということでしょうか。

糸井:人間は結局、食って風呂に入って寝る存在ですからね。僕らが企画について話し合っている時、「それは飛鳥時代の人が喜ぶとは思えない」と言うことがある。いつの時代でも喜んでもらえるかどうかが、ほぼ日が事業を手掛ける基準になるんですよ。周囲の環境に影響されない、おいしいや美しいといった、人間が本来持っている基準です。生活人という軸では、みんな同じだと思うんですよね。

 強いて言うならば、生活人であることを自覚している人が、ほぼ日のターゲットです。基本的に、女の人の方が生活人であることを自覚して楽しんでいる。ほぼ日のお客さんが65%以上女性だというのも、そこにマッチしているのかもしれません。

 僕らのやっていることは標的を絞った狩りではなく、農業なんです。荒れ地も農地。石をどかせば、そこで枝豆を作れるよというのが農業です。ただ集まってくれればオーケー。発信にかかるコストを考えずに済む、インターネットだからこそできるのだと思います。上場をきっかけにそんな市場があったんだと気付く人もいて、お誘いは増えましたね。

 今までは水と太陽で育ってきた、天然の成長です。最近ようやく、農作業をやりながら発電もできるじゃないかとか考えるようになりました。