「前にやっていたこと」というのは、コピーライティング業のことですか。どうしてやめたいと思ったのでしょうか。

糸井:請負仕事というものは風向きがちょっと変わると、基盤が全く変わってしまうんですよ。広告もしかり。もともと広告は販売促進から始まったと思います。その次は、広告によって企業のイメージや個性を差異化する時代がきた。バブルが弾けた後は、そんなことも言っていられなくなり、また販促中心に戻ったり、一方で商品そのものの値引きや過剰なサービスで引きつけたりと、試行錯誤が続いていました。

 そうやって広告が変わっていくのを見ていて、自分がやっていた時代の方法論はもう古いなと思ったんです。このまま同じ場所に居続けたら、いずれお飾りの顧問のような立場になって、「またあの変なおじいさんが来たよ」「昔の社長の知り合いだったらしいんだよね」なんて陰口をたたかれるんだろうな。そんなことを想像して、これはまずいなと思ったんです。

 インターネットと出会ったおかげで、新しい出発が案外楽しいぞと思えた。インターネットがなかったら、僕は違うことをやっていたんじゃないかな。何をやっていたんでしょう(笑)。ただ、広告をやるにしても、いわゆる3大メディアを使わないことを考えていたでしょうね。インターネット以外でも、デザインや行政の広告の作法のような未開拓の領域は山ほどありますから。

2018年で開設から20年となる『ほぼ日刊イトイ新聞』。吉本隆明氏や谷川俊太郎氏、矢沢永吉氏など、多数の著名人とコラボレーションして企画を行ってきた。

成長は当然したい。でも軽々しく口にできるものじゃない

上場初日は、買い注文が殺到して初値がつきませんでした。当日の記者会見で、「高く評価してくれるのは、『美人だ、美人だ』と言ってくれるようなもの。でも鏡を見れば、そんなに美人じゃないって分かっている」とコメントしました。

糸井:「反利益主義」と受け止められたようで、猛烈な反響がありましたね。時価総額が上がるのは結果であって、それが目的じゃないでしょう。成長を拒否しているわけではないと、みなさんにものすごく念を押したんですけど、やっぱり「あんなことを言った人はいない」と話題になってしまいました。じゃあ何が大切なんですかと聞かれれば、「顧客と一緒につくる事業です」と、ごく普通の、まっとうなこと言うわけです。すると今度は、「随分と真面目な会社なんですね」と言われる。

 経済誌の記者ですら、「資本主義に対する素晴らしい挑戦ですね」って、いかにもわくわくしながら聞いてくることもありました。でも、それは仕方がない。メディアの理解度や利害によって書き方が違ってくるということを、僕自身の頭の中に入れておくようになりました。

利益や成長を否定しているわけではない。

糸井:成長は当然したいですよ。あめ玉を売る会社が「世界中の人がこのあめ玉をなめたらすごいぞ」と意気込むように、誰もが自分の会社が何百倍もの規模に育つことを想像している。でもビジネスでは、逆の事態もあり得ます。あめ玉のせいで病気になる人が出てくるかもしれない。軽々しく時価総額が何倍になりますとか、支店を100出しますとか言えませんよね。だからちょっと静かに考えませんか、と思うんです。