ANAホールディングス(HD)の100%子会社のLCC(格安航空会社)バニラエア。2012年、アジア最大のLCCグループ、エアアジアとANAは合弁会社、エアアジア・ジャパンを設立した。しかし両社の関係はうまくいかず、提携は1年足らずで解消。2013年10月にはエアアジア・ジャパンとしての運航が終了。同年12月、ANAHDの100%子会社LCC、バニラエアとして運航を再開した。
関西国際空港を拠点とするLCCのピーチ・アビエーションが、就航からわずか1年で黒字を達成したのに対し、成田空港を拠点とするバニラエアやジェットスター・ジャパンは苦戦が続いてきた。だがようやく、長いトンネルを抜けつつあるようだ。利用者が着実に増え、バニラエアは2016年3月期の決算で初の営業黒字を達成したようだ。どのように壁を乗り越えてきたのか。就航当初からバニラエアの経営を担い、4月に会長に就いた石井知祥氏に話を聞いた。(聞き手は日野なおみ)
バニラエアの石井知祥会長(写真:Aviation Wire)
2015年度の決算では、ようやく営業黒字を達成したようです。
石井会長(以下、石井):私が2013年8月、社長としてこちらに来た時、社名はまだエアアジア・ジャパンでした。数字の悪い中で2013年10月にエアアジア・ジャパンとしての運航を終え、同年12月にバニラエアとしての運航を始めた。
就航当初こそ“ご祝儀利用”で搭乗率も良かったのだけれど、その後は毎月赤字で、そうこうしている間に、2014年6月にはパイロット不足に陥って大量に減便せざるをえなくなった。当時は毎月、億単位の赤字を垂れ流しながら、本当にこのLCCビジネスに事業性はあるのかと考えていました。
そのような状況から、ようやく営業黒字にこぎつけた。何が変わったのでしょう。
石井:一番大きいのは売り方を学んだことです。競合相手の料金の動向や需要動向を見極めながら、収益性を最大限高めていく。こうしたマネジメントが何とかできるようになってきました。LCCの基本である飛行機の稼働率も上がり、いかにコストを下げるかということも、学んできました。こうしたことが、黒字化の背景にはあります。
LCCは、どうしても欠航や遅延が多いような印象を抱かれがちです。ですから定時性や運航品質、就航率については、きちっと上げていかなくてはならないと思っていました。そこで目標を立てたんですね。就航率は99%以上を目指そうと。今年2月には実際、就航率は99%を上回りました。
定時出発率の目標は85%以上ですが、今年2月までの累計は83%。国際線を展開すると、どうしても空港が込み合うなどの都合で、時間通りに着陸できなかったりしてしまう。ですがこちらも早々に目標を達成したいと思います。
バニラエアでは毎月、就航率や定時出発率の実績を発表しています。こういうデータを開示しながら、利用者の信頼を勝ち取って行きたいですね。
搭乗率も上がっているようです。
石井:搭乗率は通年でも85%に達しています。目標は89%なのでまだまだですが、それでも通年で高い搭乗率になってきたと思います。運航の初年度や次年度は運賃を安くしても、なかなかお客様に乗っていただけなかったですから。
バニラエアの認知度が高まってきたということでしょうか。
石井:認知度はまだまだ足りないけれど、しっかりと運航を続けた結果だと思っています。けん引したのは1日4往復を飛ばす成田~台北線と、1日7往復を飛ばす成田~札幌線です。特に成田~札幌線はこれだけ飛ばしているのに、搭乗率が平均90%くらいと健闘しています。
今後は台北の台湾桃園国際空港を拠点化すると発表しました。
石井:実は今、成田~台北線のお客様の7割が台湾の方で、多い時にはこれが8割まで増えます。そこで台湾に、現地のお客様が電話で問い合わせができるようなコールセンターを設けました。そしてこれからは、台湾からさらに東南アジアへと飛んでいこうと思っています。これは新しい試みですね。
おそらく、台湾から東南アジアの都市にバニラエアが飛ぶようになると、利用するのは台湾のお客様が中心になるでしょう。ただ、路線を拡充すればおそらく、日本人でも台湾経由で東南アジアに向かうような需要が出てくるはずです。ある程度、競争力のある運賃を提示することができれば、日本のお客様の支持も得られるだろうと期待しています。
ライバルのLCCでも台湾路線は好調だと聞きます。
石井:台湾線はこの数年で急速に競争が激しくなりました。タイガーエア台湾というLCCも日本に飛んできていますし、トランスアジア航空が設立した台湾初のLCC、Vエアも週3便、羽田空港に乗り入れるようになりました。そういう意味では、東京~台北間の競争が一気に激しくなりました。
競争が激しくなる中、バニラエアの強みは何でしょう。
石井:1つはサイト上での航空券の購入のしやすさにあります。他のLCCならば、航空券を予約するまでに4~5画面くらいかかりますが、バニラエアは3画面で予約が終わる。今後はさらにバージョンアップして使いやすくするつもりです。
また便を乗り継いでも、1度で航空券を購入できる工夫もあります。バニラの場合、北海道のお客様が札幌から成田を経由して台北に飛ぶ場合にも、航空券の予約や購入は1度で済ませられます。これまで乗り継ぎは「お客様がご自分でどうぞ」というスタンスでしたが、よりお客様に使いやすいよう改良しました。
2016年から、バニラエアではアイデンティティをどのように具体的サービスに落としこむかという議論を重ねてきています。その中で我々は3つの目標を据えました。
リゾート路線に特化したLCCとして2013年12月から就航を始めたバニラエア(写真:Aviation Wire)
1つ目は、LCCの運航品質でナンバーワンになること。運航品質には定時性や就航率、サービスも含まれます。まずはこれでナンバーワンになる。2つ目の目標は規模にあります。成田空港発のLCCで規模ナンバーワンになること。バニラエアは現在8機体制で、同じく成田を拠点とするジェットスター・ジャパンの20機体制と比べると見劣りします。この先、成田発着の路線を増やしていきますが、規模でナンバーワンになるには、やはり適正な利益を上げるオペレーションをしないと長続きはしません。ですから少なくとも、営業利益率10%くらいは達成しなくてはなりません。幸い、2015年度は営業利益がしっかり出ますし、少しずつ目標に近づいていっています。
3つ目の目標がLCCを進化させることです。これまで我々は、2地点間を同一機材で高頻度に飛ばすという、LCCの基本的なビジネスモデルに従って事業を展開してきました。ただ、実際に飛行機を飛ばしてみると、新しい需要も見えてきます。その1つが、乗り継ぎのお客様が多いということです。
札幌から成田を経由して香港や台湾に向かう日本人や、その逆のルートで海外から札幌に向かう外国人観光客が多いのです。国内線と国際線をたくみに乗り継いで、LCCをうまく活用しているわけです。こうした需要に応えるために、先ほど説明したように航空券をまとめて購入できるようにしたり、航空便のスケジュールを乗り継ぎに対応できるように変更したりしています。
ほかのLCCと組んでネットワークを拡充
LCCを進化させて、乗り継ぎニーズにも対応する、と。
石井:乗り継ぎに対応するだけではありません。これから先の成長を考えると、自分たちの路線網だけでは限界があると考えています。ですから今後はある程度、ほかのLCCと協業して互いに路線ネットワークを補完し合っていきたいと思っています。つまり、LCC同士が協力をして、ネットワークを拡充させるのです。
大手航空会社が実施している共同運航のようなものでしょうか。
石井:共同運航ほど深い関係ではなくても、互いに航空券を売り合うことはできると思います。我々が飛んでいない路線は協業先LCCの航空券を売り、逆に協業先LCCも、日本国内の路線ではバニラエアの航空券を売ってもらう。エアアジアやジェットスターは、グループで路線網を拡充させていますからね。我々もいい相手先がいれば、2016年には協力していきたいと思っています。
訪日中国人客はこれからも増える
親会社のANAHDが1月末に発表した2016~2020年の中期経営計画を見ると、バニラエアは今後、より国際線を強化するような印象を受けました。
石井:バニラエアは当初から売り上げの7割を国際線で稼ぐという計画でスタートしています。現在は香港と台湾の台北、高雄の3都市に就航していますが、これだけでも、売り上げの半分、月によっては6割を稼いでいます。今後はさらに国際線の路線展開のスピードが速くなりますから、売上高に占める国際線の比重も高まるようになるでしょうね。
中国の内陸部に飛ばしたり、台湾からベトナムに足を伸ばすこともあるのでしょうか。
石井:現在は、日本から4時間半で飛べる都市全てを検討しています。現在、成田空港には中国19都市から飛行機が飛んできています。その中には私が聞いたことのないような都市もあるわけです。けれど、旺盛な需要はある。バニラエアに対しても、中国のさまざまな都市から飛ばしてほしいというオファーが寄せられます。特に中国は、ホワイトスポット(競合LCCなどが出ていない空白地帯)でもありますから、挑戦する価値はあると思います。
国際線を強化し、海外の利用者を取り込む中で、バニラエアの強みは何でしょうか。
石井:ひと言で言えば、「日本品質」でしょうね。私は日本で品質ナンバーワンのLCCになれば、世界品質で見ても十分誇れるLCCになれると思っています。特に我々は、ANAHDの100%子会社のLCCですから信用度が高い。ANAHDが培ってきた信頼や、日本のLCCであるという点を全面的にアピールしていきたいですね。
燃油安は追い風ですが、一方で中国の経済減速の影響を受けることはないのでしょうか。
石井:中国経済の減速は、我々にとっては追い風だと思っています。不況の方が、LCCが選択肢に入りやすくなるでしょうから。私は中国経済の減速に対して、あまり悲観的な見方はしていません。というのも、どんなに経済が減速したとしても、中国から日本に来ているのはわずか400万人しかいません。「爆買い」は減るかもしれませんが、それでも海外旅行を楽しむ中国人は増えるはずです。日本を訪れる400万人の中国人は、すぐに500万人や600万人に増えるはずです。景気の冷え込みよりも私が危惧しているのは、尖閣諸島や南シナ海などの地政学的なリスクですね。
訪日外国人が増えているのは追い風だけれど、同時に懸念しているのが日本側の受け入れ態勢です。空港だけではなく電車やバスといった2次交通や、ホテルなど宿泊施設の整備ができるのか。キャパシティだけではなく、言語対応などにも課題は残ります。2020年に向けて訪日外国人4000万人を目指そうとしているのだから、こうした面もきちんと整備しなくてはならないでしょうね。
空港関連コストが足かせ
その中で、日本のLCCの役割も変わっていくのでしょうか。
石井:繰り返しますが、これからは海外のLCCと競争しなくてはなりません。そこで強みを磨く必要がある。そのための足かせとなる1つの要因がコスト構造です。
成田空港ではLCC向けのターミナル3がオープンして、随分良くなったと思います。それまではターミナルビルの一角を間借りしているような感じでしたから。ただ、LCC向けターミナルが完成した後もまだまだ課題は残っています。
例えばターミナルビルにつながる駐機場の数が不十分なために、ターミナルから離れた場所に飛行機を駐機させ、そこまでバスでお客様を案内しなくてはなりません。バスを使う分コストはかかります。十分な数の駐機場を作れば、こうした問題は解決されるはずでしょう。
また成田空港の場合、新規路線を増やしたら着陸料を減額するといった制度を、全ての航空会社に適応しています。けれど我々のようなLCCの場合、大手航空会社とは違って、安い運賃で新たな需要を生み出し、何とか商売をしています。
それなのに、こうした新たな需要を生んでいる我々に対して、何かの優遇があるわけではありません。むしろ今の制度では、お客様が空港を多く利用するほど、施設使用料が上がるわけです。お客様を呼べば呼ぶほど、我々が空港に支払う料金が高くなる。これは我々のような航空会社を、コストセンターとしてしか見ていないからでしょう。
空港に多くのお客様が足を運ぶようになれば、食事や買い物をしてお金を落とすはずです。つまり集客力の高い航空会社はプロフィットセンターであり、多くお客様を集めれば、それだけのインセンティブがあってもいいと思うのです。
LCCがコスト競争力を高めて、空港側も利用者が増えてもうかる。空港だけではありません。就航先の都市などとも、今後はウィン・ウィンの関係を強化していけるようになれば、LCCはさらに飛躍できると思っています。
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