約31兆円を運用する米国最大の公的年金基金カルパース(カリフォルニア州職員年金基金)は、投資先企業の経営に積極的に物言うことで有名だ。年率7.5%の高いリターンを実現するには、環境・社会・ガバナンス(ESG)を投資判断に組み込む「ESG投資」が必要だと言う。カルパースの幹部プリヤ・メイサー氏に、ESG投資と日本株への期待を聞いた。
日本では、約131兆円の公的年金を管理運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が昨年9月に国連PRI(責任投資原則)に署名したことが話題になりました。企業の「環境・社会・ガバナンス(ESG)」の取り組みをみて投資判断をする「ESG投資」が活発化しつつあります。カルパースはこのESG投資で先行しています。どのように資金を運用し、ESGの視点を組み込んでいるのですか。
メイサー:私たちは米カリフォルニア州の公務員の公的年金を運用しています。政府や自治体、軍の職員など180万人の年金を管理しており、総額2750億ドル(31兆円)を運用しています。米国で最大規模の公的年金です。投資先は、株式や債券、不動産、プライベート・エクイティ、インフラ。そして少しですが森林と土地にも投資しています。全体の6割を占めるのが株式で、世界の1万1000社に投資しています。
2013年にすべての投資判断にESGを組み込む投資原則を採用しました。ESGは通常、財務パフォーマンスではない「非財務情報」だと呼ばれています。ですが、カルパースはESGを「財務情報」だと捉えています。というのも、環境や社会やガバナンスがしっかりしていない企業は持続可能性が低く、長期的なリスクを抱えるからです。それは私たちにとっても損失につながります。
カルパースは株式をアクティブな形で運用し、年率7.5%という高いリターンを目標に掲げています。企業の財務パフォーマンスに加え、さらにESGの観点も組み込むことでリスクを減らすことができ、運用成績を高めることができるのです。
具体的にどのような手法でESGを組み込んでいますか。
メイサー:4つの手法でESGを組み込んでいます。第1は企業と対話して働き掛ける「エンゲージメント」です。業績の悪い企業や、ESGで著しく問題を抱えている企業を選び、働き掛けを行う手法です。株主総会では議決権も積極的に行使しています。例えば、取締役の人事や問題解決法について投票する前に、私たちは調査結果をウェブ上でも公開して世界に前もって知らせるという方法を採っています。多くの投資家はここまで投資先の情報を精査して投票していないでしょう。しかし、カルパースはそうすることが企業の利益と株主の利益の両方を守ることにつながると考えています。
第2は企業に対して意見を述べる「アドボカシー」です。第3は投資ポートフォリオ全体にESGのことを加味する「ESGインテグレーション」です。2750億ドルの6割はカルパースで運用していますが、4割は外部に運用を委託しています。カルパースには400人の投資マネジャーがいます。彼らは自らで資金を運用するだけではなく、委託先の運用方法やプロセスも監督しており、そうすることでESGインテグレーションを実現しています。
第4はパートナーとの協働です。他の年金基金など70のアセットオーナーとともに、NGO(非政府組織)のセリーズが主導する「カーボン・アセット・リスク・イニシアティブ」に参加しています。このイニシアティブでは、化石燃料に対する政府の規制や競争力などの動向を踏まえた、化石燃料関連企業の価値毀損リスクなどの情報が得られます。その情報を基に、45社の化石燃料関連企業に対して、気候変動リスクを分析して経営計画に反映させるように働き掛けをしています。BPもシェルも対応してくれています。
最近、化石燃料関連企業からの投資を引きあげる「ダイベストメント」が欧米で広がっていますね。カルパースもダイベストしていますか。
メイサー:投資方法としてダイベストは理想的ではないと私たちは考えています。カリフォルニア州には、収入の50%以上を石炭関連事業から得ている企業へのダイベストを奨励する法律があります。こうした企業はカルパースの投資ポートフォリオで2億ドルを占めています。しかし、投資から撤退すれば私たちの声を届けられなくなります。カルパースは対話による働き掛けで企業を変えていくという方針を採っています。受託者責任を考えた際に適切だと判断した時にだけ、ダイベストするようにしています。
ESGを組み込むことで、逆に運用成績にマイナスの影響はないのでしょうか。
メイサー:先ほども話したように、私たちは年率7.5%という高いリターンを目標にしています。私たちは銘柄を自ら選ぶアクティブ運用をしています。それにESGを組み込むことで、企業の倒産などのリスクを減らし、逆に機会を広げることにつながると考えています。財務パフォーマンスもしっかり見て投資し、そこにESGを加味することでさらにパフォーマンスを高めています。特にここ10年は、プライベート・エクイティのリターンが13%強に上っており、それがプラスに働いています。
地球温暖化は世界で大きな問題です。昨年にはパリ協定も採択されました。カルパースは温暖化問題に対処するため、投資先企業のカーボンフットプリントを測定して投資判断に生かしていると聞きました。
メイサー:カルパースは国連PRIに署名しています。PRIは2014年に、主要な機関投資家とともに「モントリオール炭素公約」というイニシアティブを立ち上げました。これはPRI署名の投資家に対し、投資先企業のカーボンフットプリントを調べて開示することを求めるものです。カルパースも署名しました。
このイニシアティブの下で、投資先1万1000社のカーボンフットプリントを計算したところ、わずか80社で全体の50%を占めることが分かりました。驚くべきことでした。化石燃料を生産する企業と消費する企業など6セクターが入っていました。この結果を踏まえて、対話すべき企業に焦点を当てられるようになりました。小売業者などの非化石燃料企業とも積極的にエンゲージをしています。
日本の株価が低迷していますが、カルパースは日本株をどう見ていますか。
メイサー:株式投資のうち最も多いのが米国ですが、2番目は日本です。今年1月末時点で日本株への投資額は126億ドルと全体の4.5%に相当しています。日本はカルパースにとって大きな投資先です。
日本では2014年に金融庁が責任ある機関投資家の諸原則スチュワードシップ・コードを策定しました。昨年には上場企業にコーポレートガバナンス・コードが適用されました。これらの導入を私たちは高く評価しています。
カルパースは毎年、積極的に対話する企業を10社選んでいます。過去5年間は、業績の悪い企業やガバナンスの問題を抱えている企業でした。しかし昨年はテーマを変え、全面的に日本に注目しました。そして日本企業とエンゲージメントを行いました。日本企業は、ESG投資が増えているとまだ実感していないようですが、動きは今まさに始まったばかりです。
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