伊藤:最初に、客観的な数値や条件でかなり絞り込みました。その基準は「コーポレートガバナンス・コードが適用される前から、社外取締役3人以上を導入している」「直近3年間、ROE(株主資本利益率)が10%超えている」などです。評価項目によってスコアをつけて、5社まで絞り込みました。これが、入賞した5社になったわけです。

 でも実は、ここからが大変でした。大賞は、審査員による各社の経営トップへのインタビュー調査で決めます。コーポレートガバナンスへの取り組み姿勢や、今後の目標などを聞き取っていきました。

 ところがこのレベルの5社となると、単純に優劣をつけられるものではなくなってきます。何と言えばいいか難しいのですが、強いて言えば、それぞれコーポレートガバナンスの「型」が違う。

「社外取締役は社長の介錯人です」

 例えば、りそなホールディングスの東和浩社長にインタビューをしたときのことです。なるほどガバナンスは徹底しているし、「社外取締役などのステークホルダーに丁寧に説明することが責任です」といったコメントもありました。何より「経営陣に最後通牒を突きつけるのは社外取締役です」「社外取締役は社長の介錯人です」といったコメントはなかなか言えるものではないと思います。

 ただ、りそなは公的資金を入れて再建に取り組んだわけですから、ガバナンスのレベルが高くて当然という見方もできるわけです。ここが他の入賞企業とは異なるところです。

 コマツは、2代前の坂根正弘社長(現相談役特別顧問)の時代から、「バッドニュースファースト(悪い報告から先に上げろ)」といったカルチャーが出来上がっています。その坂根さんもいろいろ、外部の企業の取締役を務めている。だから、高いガバナンスについて現社長の大橋徹二さんにインタビューしても自然体です。今回のガバナンス改革の機運が盛り上がる中で、何かが変わったかといえばそういうわけではない。

 HOYAも1995年から社外取締役を取り入れていて、鈴木洋社長も、これ以上、効かせるところがないくらいのガバナンスを実現しています。HOYAは、かなり欧米型のガバナンスに近いのではないでしょうか。

 良品計画は「正しい経営をするために、正しい経営者を選ぶのは当たり前」という企業の姿勢が根っこにあり、ガバナンスを効かせています。松井忠三社長の時代から積極的に取り組んでいて、こちらも着手してからの歴史が長いといえます。

受賞の挨拶をするブリヂストンの津谷正明会長兼CEO(写真:都築雅人)
受賞の挨拶をするブリヂストンの津谷正明会長兼CEO(写真:都築雅人)

 大賞となったブリヂストンは、津谷正明会長兼CEO(最高経営責任者)が悩みながらガバナンス改革に取り組んできたことがよく分かるケースです。歴史をさかのぼれば、同社は米ファイアストンの買収後に難題を抱えたりして大変苦労しました。そこで、現地の経営陣を入れ替えて、ガバナンスを組み直したことが奏功した。

 それから米国企業におけるガバナンスの研究を本格的に始めて、米国法人の業績も急回復しました。重要性、有効性を確認した経営陣が日本の本社のガバナンスにも取り組んだという流れです。そして、今度の株主総会では、監査役会設置会社から委員会等設置会社に変わるのですね。

審査のときには、監査役会設置型と、より先進的と言われる委員会等設置会社の区別はしなかったのですか。

伊藤:区別しませんでした。それらの形によって、ガバナンスのレベルが決まるわけではありません。問われるべきは、高いレベルのガバナンスが実現できているかという実質的な部分です。審査員としては、これを経営者インタビューで探ったわけです。

 いくら形が優れていても、経営者のパッションを伴った運営ができていないと宝の持ち腐れだし、我々の心も動きません。その点、津谷さんにはパッションを十分に感じました。かといって、高いレベルのガバナンスを実現したことを自慢しているわけでもない。経営者が試行錯誤しながら、真摯に向き合ってきたのがよく分かります。

 私たち表彰する側としては、ガバナンス改革が始まったことと今回のオブ・ザ・イヤーを結びつけて、機運を盛り上げたいという思いがあります。必要性や有効性を察知した経営者がどのようにガバナンスを変えていったかというダイナミックなプロセスを広く知ってもらいたいわけです。その意味を込めて、ブリヂストンを大賞に選んだというのが審査の舞台裏です。

 大賞のブリヂストンと他の4社は、実現しているレベルには大きな差はありません。だから、5社の中から大賞1社を選ぶのが大変だった。最後にブリヂストンを選んだのは、同社のケースを見て、ほかの上場企業もダイナミックプロセスに取り組んでもらいたいというメッセージでもあります。

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