トランプ大統領の予測不能な行動に振り回されているのは、日本だけではない。EU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)に批判的な態度を取るトランプ大統領を、欧州でも警戒する動きが広がっている。
2月3日にマルタで開催されたEU非公式首脳会議では、トゥスクEU大統領が、トランプ政権をEUにとっての「外的脅威」と位置付けた。イスラム圏7カ国の国民に対する入国制限に対しても、EU主要国が批判。EUと米国の政治的な溝は深まっている。
ただし、経済面を見れば、必ずしも悪いことばかりではない。トランプ大統領が提唱する金融規制の緩和や経済政策には欧州金融機関からも期待の声が上がる。欧州経済に及ぼすトランプ効果を、大和総研の菅野泰夫シニアエコノミストに聞いた。
菅野泰夫(すげの・やすお)氏
1999年大和総研入社。年金運用コンサルティング部、企業財務戦略部、資本市場調査部(現金融調査部)を経て2013年からロンドンリサーチセンター長。研究・専門分野は欧州経済・金融市場、年金運用など。
トランプ大統領が打ち出した経済政策をどう見ていますか?
菅野:経済政策に特化して見れば、極めて真っ当な政策を打ち出しているとの印象です。トランプ大統領の狙いは、シンプルです。すなわち、財政出動による景気拡大と、反グローバリズムの通商政策により国内雇用を増やし、中間層の所得水準を上げるというもの。移民についても、これまで受け入れ過ぎた反省から、適切な水準での管理に舵を切っていくということでしょう。
もちろん、彼独特の政策の打ち出し方や、ツイッターを使った“口撃”という手法については賛否が分かれますが、市場関係者から見れば結果が大切です。ダウ平均株価の水準を見る限り、トランプ大統領の打ち出した施策は今のところ期待されていると言っていいでしょう。
自動車メーカーに米国内で工場を作るように介入したりする行為も、自動車メーカーが従っているのは、米国の力を認めているからに他なりません。もし、本当に米国に未来がなければ、メーカーは米国から逃げ出してしまうわけです。こうした事情も勘案した上で「取引(ディール)」がなされているとの見方もできます。トランプ大統領が今後繰り出す施策は予測不能ですが、今のところ米国企業や米国で事業を展開する外国企業双方の利益が確保されていると考えられるでしょう。
彼にとっては、貿易交渉もディールの感覚に近いのではないでしょうか。TPP(環太平洋経済連携協定)のような多国間交渉よりも、2国間で交渉をまとめた方が、取引がしやすいし、スピードは速いですからね。ビジネスマンの発想ですべての政策を動かしている印象です。
マクロ経済をみると、財政出動への期待が高まれば、株価は上がる傾向にあります。現時点での株価を見る限り、金融市場はトランプ大統領の政策を評価していると見ていいでしょう。
ただし、大型のインフラ投資や減税策に関する法案が提出されるのは2017年春以降となりそうです。選挙公約には、与党である共和党内から反発の声が上がる恐れがあり、可決までに時間がかかる可能性がありますね。従って、実際に財政出動が始まるのは、2018年以降と想定する向きも多く、現段階では期待が先行し過ぎているという見方も否めません。
当然ながら、トランプ氏の政策は、欧州の経済にも影響を与えますね。
菅野:そうですね。ポイントは、3つあると思います。
1つは金融政策です。結論を言えば、長らく続いた低金利の潮目が欧州でも変わる可能性があります。
欧州の低金利が正常化する可能性も
トランプ大統領は、低金利に批判的なスタンスで知られています。このため、今後の金融市場は、現状よりも高い金利になるという見方が金融関係者の間で一致しています。
一方、為替市場では、為替操作国を名指しするなど、トランプ大統領が口を出しすぎる状況が続くと予想されます。大統領の発言がファンダメンタルズに即しているとは思えず、各国の金融政策担当者にとって悩ましい状況が続くでしょう。口先介入で永遠に相場が決定されることはないと思いますが。
ただ、実際に米国金利が上昇すれば、欧州にも影響を与える可能性があります。折しも、世界の主要国で金融政策の有効性に対する信頼性が揺らいでいるタイミングです。金融緩和によって長らく低金利が続いてきた欧州でも、金利がある程度正常化する可能性はあります。
特にECB(欧州中央銀行)の政策金利はグローバルな経済環境の変化を受けて決定されます。年央以降の金融政策会合の場で、ドラギ総裁が進める現行の金融緩和政策に対する出口戦略がどのような形で決定されるかに注目しています。
英国では英中銀のイングランド銀行が利上げを模索していると見られていますが…。
菅野:英国は、国内のインフレ率上昇という別の要因もあり、利上げに転じる可能性は十分にあるでしょう。焦点となるのは、ここでもECBですね。ドラギ総裁が、トランプ効果によって、いつごろ意思を変化させるのかが今後の注目の一つになるでしょう。ドラギ総裁は現段階では金融引締め、利上げに否定的な見方をしています。そのタイミングを見計らって(通貨防衛の意味合いも含め)、英中銀の動きがあわただしくなると思います。
2つめのポイントは、財政政策です。先程も述べたように、米国は財政出動を拡大させることで、景気拡大を推し進める考えです。その流れは、欧州にも広がる可能性があります。EU離脱を決めた英国は、財政拡大の姿勢を既に明確にしています。フランスの大統領選でも、財政拡大が一つの論点になるとみられています。
EUを事実上取り仕切るドイツの厳しい監視は、加盟国が財政支出を拡大させるハードルになりませんか。
菅野:もちろん、EU主要国は、財政規律を順守することを求めるでしょうが、その声が弱まりつつあるのも確かです。欧州委員会も、2017年以降に財政支出を拡大させる必要性を2016年11月に指摘しています。これはドイツに対するメッセージだとして注目されました。ドイツ側は相変わらず、財政拡大による景気浮揚効果について異論を唱えており、反発しています。欧州委員会がこのドイツの方針をどこまで変えられるかが、一つの注目点になるでしょう。
最後のポイントが、金融規制です。トランプ大統領は2月3日に、金融規制の一つであるドッド・フランク法などの見直しを命じる大統領令に署名しました。加えて、新たな規制の導入も凍結すると発言しており、金融危機以降に実施した金融改革を見直す方向に向かっています。
この結果、世界共通の金融規制枠組みの策定に向けて、米国の関与が弱まる可能性があります。例えば、現在進められている銀行規制のバーゼルIII規制改革(バーゼルIV)は、欧州銀行の意向をより多くくんだ形で最終決着する可能性が濃厚です。そうなれば、欧州の銀行にとっては、追い風になる可能性もあります。
EU離脱を決めた英国と米国との関係はどうなりますか?先日のメイ首相とトランプ大統領の会談では、特別な関係をアピールしていました。
菅野:この会談が英国にとって一定の成果となったのは確かでしょう。米国との特別な関係を改めて確認するとともに、トランプ大統領からNATOへの100%コミットを引き出すことに成功しました。メイ首相は、米国のコミットを取り付けるため、防衛支出をGDP(国内総生産)比で2%支払うようNATO加盟国に説いて回ることを約束しています。
ただし、英国が米国とEUの橋渡し役になるという目論見については、疑問符がつきます。2月3日にマルタで開かれたEU非公式首脳会議で冷遇されるなど、英国はEU諸国から冷ややかな目で見られ、橋渡し役となる目算は外れた形になりました。さらに、トランプ大統領が発表したイスラム圏7カ国の国民に対する入国規制によって、親密さをアピールした英国は苦しい立場に立たされる可能性があります。
一方で、英国にとって米国はEU離脱後のパートナーとして欠かせません。EU離脱後すぐに貿易協定を締結できるように、準備を進めていくでしょう。ただ、もちろん、ここにも問題はあります。例えば、EUを離脱する英国の農家はEUからの助成金を喪失する可能性が高く、そうした中で、米国の農業とどう伍していくのか。トランプ大統領と折り合うのは、決して簡単ではありません。
ロシアの経済は急成長へ
ロシアへの影響についてはどう見ますか
菅野:あまり語られていませんが、今回のトランプ大統領の就任で大きく注目されているのは、ロシアです。石油価格の回復に伴い、昨年までマイナス成長だった経済は今年はプラス成長が予想されています。このタイミングで西側の経済制裁解除が重なれば、ロシア株式市場や通貨ルーブルも大きく回復することが予想されています。
一方で、経済制裁解除に関して米国の与党共和党からも批判が出ています。マケイン上院議員は対ロシア制裁を法制化するよう主張するなど強気の姿勢を取り続けています。ただ、ホワイトハウスの内部にいる関係者が、すでに経済制裁解除に関する大統領の令草案ができていると語るなど、大統領と議会の対立が激しさを増しています。
「取引」好きを自認するトランプ大統領が、経済制裁解除が利益になると考えれば、3月の解除に向けて一気に情勢が動く可能性もあります。そうなれば、7月に更新を迎えるEUによる経済制裁の解除につながることも考えられます。そうなれば、欧州企業のビジネスも段階的に拡大していくでしょう。結果的に、トランプ大統領の親ロ姿勢は、ロシアが急成長する機運を高めることになりました。
総合的に見れば、トランプ大統領の政策は、停滞する欧州経済に風穴をあける可能性があります。ただし、英国をはじめとする欧州首脳は、従来の常識が通じないトランプ大統領の一挙一動に、当面の間、右往左往させられることになりそうです。欧州首脳たちがどのように対処していくのか、今後も注目されます。
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