2017年1月20日、ドナルド・トランプ氏が米大統領に就任する。トランプ新政権のキーパーソンとなる人物たちの徹底解説から、トランプ氏の掲げる多様な政策の詳細分析、さらにはトランプ新大統領が日本や中国やアジア、欧州、ロシアとの関係をどのように変えようとしているのか。2人のピュリツァー賞受賞ジャーナリストによるトランプ氏の半生解明から、彼が愛した3人の女たち、5人の子供たちの素顔、語られなかった不思議な髪形の秘密まで──。日経ビジネスが、総力を挙げてトランプ新大統領を360度解剖した「トランプ解体新書」が発売されました。今回のインタビューは「トランプ解体新書」にも収録したものです。本書もぜひ手に取ってご覧ください。
「トランプ本」が出版ラッシュとなっている。中でも注目すべきなのは、あるピュリツァー賞受賞ジャーナリストが手がけた書籍だ。米ワシントン・ポスト紙のシニアエディターであるマーク・フィッシャー氏は2016年、国内報道部門でピュリツァー賞を受賞、調査報道記者であるマイケル・クラニッシュ氏や総勢20人以上のワシントン・ポスト紙の取材班と、25時間以上におよぶトランプ氏へのインタビューを敢行し、著書『トランプ』を上梓した。フィッシャー氏が見たトランプ氏の実像とは。話を聞いた。
日本では2016年10月に発売された書籍『
トランプ』(文藝春秋、税込み2268円)。トランプ氏自身は、この本について「ワシントン・ポスト紙が、奴らの不正確な記事を混ぜこんだ俺についての本を緊急出版した。買うな!退屈な本だ」とツイートした。
マーク・フィッシャー氏。ワシントン・ポスト紙のシニアエディター。30年以上同紙で活躍し、ベルリン支局長などを歴任。フィッシャー氏の執筆した記事は、2014年には公益部門、2016年には国内報道部門で、ピュリツァー賞を受賞
トランプ氏はビジネスの成功者だと自負していますが、経営者としての半生をどう評価していますか。
フィッシャー氏(以下、フィッシャー):トランプ氏はまるでジェットコースターのようなビジネス人生を送ってきました。最初のニューヨーク・マンハッタンのホテル開発では成功しましたが、アトランティックシティーのカジノリゾートホテル開発では大きな負債を抱え、6回もの破産を繰り返しました。
彼がビジネスで注力したのは、イメージ作りやブランディングです。トランプ氏のパーソナルブランドを作り、人々を奮い立たせるような存在になれば、消費者は自分の売るものを買うと考えたわけです。
もともとトランプ氏は、父・フレッド氏から大きな影響を受けています。フレッド氏は、ニューヨークのブルックリンやクイーンズで、アパートなどの不動産を開発して成功しました。けれどフレッド氏はあの時代では珍しく、離れ業によって人々を魅了した。例えば夏、観光客でごった返すビーチの上空にセスナを飛ばして、開発中の物件を宣伝しました。ビジネスではビッグに売らなければならない。トランプ氏は、父の背中からそんな哲学を学んだわけです。
母のメアリー氏も彼に大きな影響を与えました。母はパーティーなどの社交の場では常に中心にいたがるような、華やかでパフォーマンス好きな女性でした。トランプ氏もパフォーマンス上手ですが、それは母親譲りだと彼自身も話しています。
彼は、舞台のようなパフォーマーとしてのビジネス人格を生み出して人々を引きつけることで、物を売ることができると考えたのです。つまり父からは宣伝の重要性を、母からはパフォーマンスの重要性を学んだと言えます。
偽名使って自分でメディアに“売りこみ”
具体的にはトランプ氏は、どんなブランド作りをしたのでしょう。
フィッシャー:彼が生み出したのは「トランプ」というゴージャスなライフスタイルブランドです。彼自身のようなリッチなプレーボーイが送っているライフスタイルを提供するブランドを生み、それをメディアで宣伝すれば消費者が飛びつくと考えた。「トランプ」の名を冠するゴルフ場やホテルに来たり、マンションを買ったりしてくれるだろう、と。
父は中流向けの住宅を開発していましたが、彼はもっとハイレベルのライフスタイルにフォーカスした。「ライフスタイルブランド」という言葉は、近年でこそ注目されていますが、1970年代からこの切り口でマーケティングし、消費者を獲得していたという点で、彼は時代のはるか最先端を行っていたと思います。
ブランドを売るため、トランプ氏はメディアを巧みに利用しました。彼自身、偽名で自らの宣伝をしたほどです。例えば、彼は「ジョン・バロン」や「ジョン・ミラー」という偽名を使ってニューヨークの新聞記者に電話し、「トランプが今夜スタジオ54(ニューヨークにあるクラブ)に、ホットなセレブと現れる」と情報を流してメディアを集めたこともありました。自分の派手な生活を、メディアを活用して消費者に知らせるマーケティング戦略を取ったわけです。
カメラマンが消えると女性への興味を失う?
つまり我々が目にしてきたトランプ氏の姿は、彼が生み出したビジネス人格である、と。本来のトランプ氏はどんな人物なのでしょう。
フィッシャー:トランプブランドの中の彼は、本来の姿とは異なります。
今回取材して分かったのは、彼が一人で行動するタイプの人間だということです。彼はああ見えてとても孤立した生活を送っている。
1970~90年代に彼と交流した女性たちに話を聞いたのですが、トランプ氏は、いったんカメラマンがいなくなると、取り巻きの女性たちには興味を示さず、そそくさと一人で自分のアパートに帰り、テレビを見ていたそうです。
基金集めのパーティーに参加した時も、アシスタントに「すぐに家に帰るには、いくらの小切手を書けばいいんだ?」と聞いたとか。つまり、彼は、本来はあまり人々とは交わりたがらず、一貫して一人で家にいたいと思っている。
「100倍返し」を教えたある弁護士
あのアグレッシブな姿からはとても想像できません。
フィッシャー:トランプ氏のアグレッシブな姿勢に影響を与えた人物として、ロイ・コーン氏という、マッカーシズム時代に赤狩りの急先鋒に立った悪名高い弁護士がいます。彼はトランプ氏に、法律的な攻撃を受けたら、100倍で反撃すべきと教えました。そのため彼は黒人にアパートを賃貸しないという問題で司法省から訴えられた時にも、コーン氏のアドバイスに従って反訴を起こして司法省を攻撃しました。
またコーン氏は、議論を引き起こすようなネガティブな報道でも宣伝効果があるので喜んで受け入れるようトランプ氏に教えました。トランプ氏はそれに従い、離婚話などの個人的なスキャンダルが新聞の一面を飾っても受け入れてきたのです。
トランプ氏は表舞台ではアグレッシブですが、舞台裏でははるかに穏やかで柔軟性があります。例えば彼はよく「訴訟は解決しておらず、激しく戦っている」と表向きには言っています。けれど実際には訴訟の多くは解決しているのです。
私がインタビューした時も、選挙戦で見せた激しい姿勢ではなく、ずっと温厚で、理性的で、人の話に耳を傾ける謙虚な対応でした。彼と交渉したことのある人たちも、「彼は楽勝で交渉しやすい相手だ。自分が譲歩したことが世間に知られなければ譲歩もしてくれる」と話していました。
つまりトランプ氏の場合、メディアに見せる人格と、舞台裏の実際の人格の間には大きな隔たりがある。彼の会社の幹部も「トランプ氏がなぜあんな言動をするのか、動機は何なのか、疑問に思うかもしれません。けれど彼は常にショーマンだと考えれば理解できます」と言っていました。過激なパフォーマンスは、人々に刺激を与えて楽しませ、「セレブ」という虚飾に磨きをかけるために行っているのです。
トランプ氏は「本は最後まで読まない」
ほかにも取材を進めて、意外に感じた部分はありましたか。
フィッシャー:彼は、皆が思っているほど有能なビジネスマンではないということです。ブランディングに力を入れているため、日々の細かい商売には関わっておらず、企業経営については幹部らに任せています。
そのため幹部たちは自由裁量で働いているのですが、問題が起きることもあります。例えば幹部たちが仕事の実績をトランプ氏のものとせずに自分のものだと奪おうとする場合。トランプ氏は、あくまで自分に忠誠を尽くす部下を好みます。それは新体制の人選にも表れています。
またトランプ氏は、ビジネスでは報告書を読まず、そのことに誇りを感じている点もユニークですね。彼は部下に、「本は最後まで読まないんだ」と自慢したそうです。私たちに対しても、「大統領になっても報告書やブリーフィングは読まない」と言い張っていました。
驚いたので、「ではどうやって、複雑な問題に対して、迅速に対処するのでしょうか」と聞くと、「アドバイザーに数十秒話してもらえば、決断力があるから適切な対処法が分かるんだ」と答えました。つまり彼は、自分の直感と決断力に最高の自信を持っている。これまでも、その直感と決断力で物事を決めてきたのでしょうね。
忠誠を尽くして助言する存在といえば、今後は長女のイバンカ氏が重要な役割を果たしそうです。
フィッシャー:実際トランプ氏は、イバンカ氏は自分の一部なのだと考えているような、子供っぽいところがあります。彼に「危機に直面した時は、誰に相談するのか」と聞いたのですが、彼は友人の名前は全く思いつかず、「親しい友達はいないから、イバンカと2人の兄弟だ」と答えました。それだけ彼は、イバンカ氏を深く頼っている。彼女を、政界やビジネスから外すという考えにも反対していて、両方に関わらせたいようです。しかし明らかに、反倫理的な利益相反に直面することになります。
言葉通りのポピュリスト、トランプ氏
トランプ氏はビジネス上はリッチなライフスタイルを演出していますが、大統領としてはどんなイメージを打ち出すのでしょう。
フィッシャー:今のところ、彼は選挙戦で主張していたイメージを維持しようとしています。だから、今も不適切なツイートも続けています。
また、当選させてくれた国民に謝辞を述べるためのラリーにも行っています。これはオバマ大統領とは対照的な動きです。オバマ大統領は当選後、選挙戦で見せた人格を完全に失ってしまった。ラリーも行わず、国民にも話しかけず、大統領選で勝った後のオバマ氏は、完全に選挙戦の時の姿を消してしまった。そして注意深く、駆け引き上手な、如才ないリーダーに納まった。
けれどもトランプ氏は、当選後も選挙の時の「熱狂モード」を維持しようとしている。政治的には非常に賢明な判断です。もっとも、そんな選挙モードを選挙時の公約と結びつけるには巧妙な術が求められますから、なかなか難しいかもしれません。
実際、当選後の彼の主張は、既に選挙公約から遠ざかっているものも多い。もともと彼には、主義や価値観といったイデオロギーが全くありません。非常に実利的で、状況主義者で、人々がいるところに行くという、辞書にある通りの「ポピュリスト」そのものなのです。そのため彼自身、選挙公約をいかに政策にするのかという難しさを感じ始めていることでしょう。
また大統領の重要な仕事の一つが「説得」です。彼がこれから、議会や国民をどう説得していくのか分かりません。当選したことで、ある程度は国民の信頼を得られたはずです。けれど彼は、これまでの大統領と比べると最低レベルの人気度と信頼度からスタートを切ることになる。
大統領就任後には混乱が予想される、と。
フィッシャー:見ての通り、混乱は既に始まっています。彼はビジネスでやってきたことを、政治でもやろうとしていますから。彼はこれまで、自分に忠実な人材ばかりではなく、敵対する人材も同時に雇ってきています。賛成者と反対者の両方を競わせ、クリエーティブなアイデアを生み出そうとしてきた。
同じように政治でも、味方と敵を閣僚に入れて良いアイデアを得ようとしています。しかし政治とビジネスとでは全くスケールが違います。
「これからは国民のために」と語ったトランプ氏
富裕層のトランプ氏に、国民感情を理解できるのでしょうか。
フィッシャー:難しいでしょうね。私も疑問に感じて、彼に聞いたのです。「あなたは長い間、競争相手を傷つけたり、建設業者から訴えられたりしてきました。あなたの成功の陰にはたくさんの傷ついた人たちがいるのです」と。するとトランプ氏は、「私はこれまですべて、“ドナルド・トランプ”のためにやってきた」と説明しました。
「では、どうやって3億人の国民の代表になるのでしょう」と問うと、こう答えたんです。「変わらなければならないな。“ドナルド・トランプ”のためにしてきたことを、これからは国民のためにするよ」。彼は、自分が変われると純粋に信じているようでした。
しかし、これまでの彼のビジネス人生を見ると、本当に変わることができるのかは疑問です。金銭面においても振る舞いにおいても、彼はこれまで、自分以外の人々の利益にかなうよう思いやったり、自ら進んで犠牲になったりするようなことをしてこなかった。そんな彼が、自分の人気を犠牲にしてまで、国民の将来のためになるステップを踏むでしょうか。それを考えると、彼にとっては大統領という職務は全く新しい挑戦になるでしょう。
トランプ氏に世界のリーダーはどう対処すればいいのでしょう。
フィッシャー:世界のリーダーにとっても、対処の難しい存在になるでしょうね。リーダーの中には、彼のビジネスの良いパトロンになることで、優位に立とうとしている人も出てきています。明らかに利益相反が生じている。
繰り返しますが、トランプ氏は報告書を読みません。個人的な面談やテレビなどを通した口述情報を重視するタイプなので、トランプ氏にアピールするために必死にメディアに出るリーダーもいます。そういう意味では、日本の安倍首相が真っ先に面会に駆けつけたのは、賢明な判断だったと言えるでしょう。
今後も、面談を通してトランプ氏との関係を構築しようとするリーダーは、アドバンテージが得られると思います。
2017年1月20日、ドナルド・トランプ氏が米大統領に就任する。トランプ新政権のキーパーソンとなる人物たちの徹底解説から、トランプ氏の掲げる多様な政策の詳細分析、さらにはトランプ新大統領が日本や中国やアジア、欧州、ロシアとの関係をどのように変えようとしているのか。2人のピュリツァー賞受賞ジャーナリストによるトランプ氏の半生解明から、彼が愛した3人の女たち、5人の子供たちの素顔、語られなかった不思議な髪形の秘密まで──。2016年の米大統領選直前、連載「もしもトランプが大統領になったら(通称:もしトラ)」でトランプ新大統領の誕生をいち早く予見した日経ビジネスが、総力を挙げてトランプ新大統領を360度解剖した「トランプ解体新書」が発売されました。ぜひ手に取ってご覧ください。
Powered by リゾーム?