:だから、日大の宮川選手の系譜なんです。根尾はいずれ、どういう形であれ、日本の野球界でマネジメント側に立って、全体を背負うんじゃないかと、18歳にして感じさせる。彼にとってはもう、医者になる以外は、大学に行くことの意味も、たぶんないんじゃないかな。

小田嶋:それは、今の世代ならではの話に思えるね。

:ああいう選手は、昔は6大学の早慶でやっていたんだけどね。

素質に恵まれていて、勉強もできるのに

小田嶋:それのもう少し極端な例を言うと、江川の例になるんだろうな。

:確かに。

小田嶋:江川は、どういう育ち方をしたのかちょっと微妙なんだけど、ものすごい素質を持っていたことは絶対に確か。しかも、頭がそこそこいい。そこが彼の場合は裏目に出たんだけど、もしかしたら世界一かもしれない肩が自分に付いている。この肩を持った自分なら、慶應に入れるはずだ、と目標設定を間違えてしまった。

:早稲田にしておけば、絶対に通ったと思うんだけどね。

小田嶋:慶應は早稲田と違って、スポーツ枠がなかったからね。しかも、江川があまりにも注目され、全共闘が不正入試を許すのかと騒いだもんだから、大学としては江川を採る道がまったくなくなってしまった。

:それ、全共闘より、江川を選んでいた方が全然よかったのにね。

小田嶋:江川は作新学院でも、勉強の成績がよくて、野球をやらないで勉強1本に絞れば一般入試でも慶應に行けたかもしれないんだよ。でも、野球で行けるんだからといって野球を頑張ったら、野球じゃ慶應は入れない、ということになって、希望を裏切られたわけです。それで彼は法政に進学したんだけれど、慶應に入れなかったことが生涯のコンプレックスになった。新聞記者が江川の許にやってくると、「君、どこの大学?」というのが第一声だったというからね。

:新聞記者なんか問題にならないぐらいすごい肩があるのに、その肩にプライドを持つんじゃなくて、慶應に入れなかったことにコンプレックスを持つというのは、ちょっと気の毒なねじれだよね。

小田嶋:大学を出ておかなきゃ格好がつかないよ、という価値観が、我々の世代のころは、スポーツ選手でもまだまだ根強かった。

:阪神の監督なんて、大卒しか認めなかったからね。だから岡田はなったけど、掛布はなれなかったでしょう。

小田嶋:サッカー協会だって、早稲田なりを出てないとだめで、奥寺とか尾崎とか、高卒で一流だった選手は、協会じゃ偉くなれない。そういう時代がずっとありました。

:その中で、王さんは例外だった。

小田嶋:王さんは、いろいろな意味で例外。

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