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「新潮45」休刊を振り返る

そういえば、「新潮45」休刊は小田嶋さんに何か影響を与えましたか?

小田嶋:いきなり飛びましたね。……あれね、面倒くさかったです、ずっと。

:分かっていて聞くけど、例のLGBTの論文に端を発した休刊騒動のことだよね。

小田嶋:かつては日本の論壇の一端を担っていた、といわれていたんだけどね。2年前に編集長が代わったときに、編集部の体制がずいぶん変わって、俺の連載も政治的にかみ合わないものになってきて、間に立った編集者が苦慮していた。それで、晩年は「地方新聞を見て歩く」というような、絶対に政治的になりようのないテーマになっていたの。

:そういうことだったのね。

小田嶋:熊本日日新聞とか、上毛新聞とかに行って、「最近どうですか?」なんて話を聞いていたのは、安倍さんから俺を遠ざけるための工夫で(笑)。

:小田嶋が上毛新聞の経営状態とかを尋ねるって、明らかにヘンでしたからね。まあ、背景には、そういうことがあったわけだ。

小田嶋:それにしても、ここ1、2年のメディアの人たちの身の変遷というのは、すごいものがありますよ。NK新聞、A新聞、M新聞といったところから、ちょっと顔を知っている記者がずいぶんスピンアウトして、まるでパ・リーグの球団が減ったときみたいな感じを味わっています。

:どんな感じで動いているの?

小田嶋:大看板から、ネットのニュース媒体に移るパターンが多い。旧メディアにとどまって役員の地位を目論むより、新しい分野で何か始めないと、ちょっと後がないぞ的な感じが漂っていますよね。それこそ広告業界は、メディアよりも、よほど早くにそういうことが起こったんじゃないかと思うけど。

岡さんが電通を辞めてTUGBOATを設立したのが1999年です。まだ20世紀のことでした。