:あのときは、ナガツカとお前の家に遊びに行ったんだよ。

小田嶋:そうしたら、2人のガタイを見たおふくろが、「これは大きなお友達が来てくれた」ということで、来るなりピアノを運ばされていたね。ありがとう。

:いやいや、どういたしまして。じゃなくて、それで僕は今、指の関節の間に恐らくはステロイドや消炎剤とかが入っている注射を、定期的に打っているんですよ。

小田嶋:それは痛そうだね。

:そういうお前は、もっと痛そうなケガだったけれどもね。

小田嶋:自転車で転んで、足をひねって、膝の関節を支える靭帯が「もうだめ」って切れて、関節内部の骨も粉々になって。

いたたたた……。そんなケガ、絶対いやです。

小田嶋:でも、痛みって不思議なもので、足を折って入院した当初は、どうやっても、ものすごく痛かった。でも、「痛むぞ」ということが分かってくると、その痛みとだんだん和解してくるの。

仲良しになるんですか。

小田嶋:そこまでにはならないけれど、われわれは、予期せぬ痛みにはすごく弱いけれど、しかし、「こうすると痛くなるはず」とあらかじめ用心したものに対しては、不思議に我慢できる。だから、病気の人はやっていけるのであって……ということが分かりました。

:予測がつくものと、つかないもので違ってくるというのは、心の痛みもそうなのかな。

小田嶋:ああ、メンタルも、まさしくそうだと思いますよ。

それは、昨今の日本社会で大きな問題となっているものですね。

小田嶋:ボクシングの試合を見ていると、「なんで、あんなパンチで倒れるんだろう?」という場面があるじゃないですか。あれは、予期していないから倒れるのだそうで、強いパンチでも、「来るぞ」と思っていると、倒れないですむらしい。逆に、まったく予期していないときに打たれると、軽いパンチでも倒れちゃう。

「メンタルが強い」と思っている人ほどダウンしやすい

:ということは、「俺はメンタルなんか関係ねえよ」といっている人が、うつになったときは、やばいということじゃなかろうか。

小田嶋:その通りだと思う。

:たとえば、子供のころから優等生でスポーツもできて、進学校から東大法学部に行き、有名な企業に入って……と、一点の曇りもないキャリアの人が、僕たちぐらいの年齢を迎えると、ポキッと折れちゃことがある。

小田嶋:うん。

:そういうことを見聞きすることが、この歳になって増えてきた。

小田嶋:俺の遠い知り合いで、まさしくその手の正しいキャリアを歩んできたやつがいる。ずっとハイで活動的で、自慢話ばかりで、俺なんかにはとても苦手なタイプで、会ってもまともに話なんかできなかった。

:僕もハイな人とは、どうも付き合いにくい。若いころを振り返ってみても、勉強も一生懸命、部活も一生懸命で、クラス対抗何とかも中心になって……みたいなやつに対しては、「うるせえんだよ、おめえは」みたいなことしか感じなかった。

岡さん、小田嶋さんの時代は、三無主義がデフォルトでしたものね。

:もちろん、僕にも問題はあった。ただ、僕らの高校時代は「だるい」ということが、生活のトーンでしたからね。価値観として。