小田嶋:振り返ると、大学1年のころは、岡も俺もそれぞれが大学生活のストーリーを紡がなくちゃいけないから、お前ともあまり付き合いがなかった気がする。

:とりわけ僕の方は、1年の秋に家が破産して、ストーリーどころじゃねえ、ってなっていたしね。でも、家が破産してから、また小田嶋の家に行き出したんだよね。

 友情を求めて。

:というか、飯を食いに転がりこめる家って、そんなにはなかったから、ノハラ、コヤナギ、小田嶋の家を転々として。

 家は近かったんですか?

:僕が椎名町で、小田嶋が赤羽で、ノハラが尾久だから、近くもないんですけどね。コヤナギの家は、下宿の近くのとんかつ屋だったから、何となく「コヤナギくん、いますか~」とかいって入って、待っているうちに、「ご飯食べていく?」「いいですか?」というふうになって、食べちゃう。食べたら帰っちゃって、コヤナギには会わなかったりする(笑)。

 あと川崎大師のドイというのがいて、川崎大師は遠いから、交通費のパフォーマンスを上げるために、連泊になっちゃうんだよ。そうすると1週間のうち3、4日ぐらいは何とかなるし、秋になると郷里から送って来た柿をくれる友達もいたし。

※この「柿事件」についてはこちら

小田嶋:それはきっと、慶應にはなくて早稲田にある気風だよね。

 それこそ早稲田の建築学科出身の坂口恭平さんが、段ボールハウス暮らしを実践しながら、「都市の幸」というふうに表現していますね。

小田嶋:柿のことを?

 柿じゃなくて、都市に住んでいると、人間関係のリソースで、お金を使わなくても生き延びることができる、というお話です。

それは美談だったのか

:生き延びることはできますよ。

小田嶋:当時、岡は家庭教師をやったり何だりで、そこそこ稼いでいたんだよ。

:そうそう。結構ね。家庭教師は毎晩やっていたから。

小田嶋:だって、俺は岡から家庭教師の仕事を回してもらっていたもの。

:一家離散して僕だけが近所の米屋の2階にとどまって、債権者たちの窓口になっていた。そのことが町内で、ある種の美談になり、「早稲田に行っている康道君を何とかしたい」ということで、みんなが家庭教師の口を持ってきてくれたんですよ。

小田嶋:それだけじゃなくて、その口を自分で仕切って、ブローカーとして俺とかにも回してくるのが岡なんだよ。「けなげな長男」だって、近所にそういうプレゼンをしたんじゃないかと俺はにらんでいる。

:失礼な。プレゼンなんかしてないよ。ごく自然な形で善意が集まったんだ。それで家庭教師の口が僕だけでは回らなくなっちゃっただけのこと。

小田嶋:いや、お前の方が明らかにいい口を取っていた。だからそれ、やはり電通の体質じゃないだろうか。

:ははは。マージンはマージャンって形でバックしてもらえればいいか、とは思っていたね(笑)。