水着は着てたんですか?
小田嶋:水着なんて着てないよ。それでも、「はい、入って、入って、入って、入って」ということで、服のままざぶざぶと……。
岡:狂ったお神輿だよ、それじゃ。
小田嶋:俺なんかは子供のころに「若大将」を頭に刷りこまれていたから、そうか、大学に行ったらあれだな、と、その気になっていたんだけどね。
岡:僕も若大将は全部観ている。若大将って、ゴジラとの併映だったからね(参考:1965年末映画で「エレキの若大将」が「怪獣大戦争」と併映)。
小田嶋:若大将って、あいつ、要するに単なるばかじゃねえの? って思いながら、星由里子がいて、青大将がいて、という世界に頭が持っていかれている。あと、裕次郎がボラード(係留柱)というものに片足をかけて、上着を片側の肩にひっかけて……という、あのポーズ。
岡:あったね(笑)。だけど、若大将も、裕次郎も、あれは慶應の話なんだよ。
小田嶋:そうね、確かに。
岡:早稲田は青大将しかいないんだよ。
小田嶋:いや、それで、「練習があるのは何曜日なんですか?」みたいなことを質問するやつがいると、「練習とかじゃなくて、基本、合宿ですから」ということで、つまり、ずっと佐島にいる。「えっ、でも、授業はどうするんですか?」と聞くと、「4年で卒業なんて無理だと考えてくれ」って。実際、俺と同じクラスで、そこに入っちゃったやつがいたけど、大学にはほとんど来なかったもん。
岡:海の男として仕上がっていくけれど、大学生としてはもうだめになっちゃう。
小田嶋:1年生の時にいたやつがいつの間にか消えて、3年生ぐらいになると本格的に行方不明になっている、ということはよくあったよね。
岡:あった、あった。探検部とかも、やばかった。ただ、生き残ったやつは、ちゃんとテレビ局の報道局とかに入って、探検番組を作っていたりする。だって、もし就職までたどり着けたら、履歴がものすごいからね。ネパールに半年いましたとか、アマゾンを下っていましたとか。
小田嶋:ヒキが最強になるんだよね。
俺が着られる服は両国にしかないのか
で、小田嶋さんがヨットマンになる夢は、入部説明会で潰えたんですね。
小田嶋:潰えた。まあ、いかに東京の高校生が、しかもちょっと文系のインドア系の本なんかを読んでいるような、ちまちました感じのやつが、自分を変えたかったか、ということですよね。
今の描写は、自分のことですか。
小田嶋:そう。まあ、変わらなかったけどさ。
岡:全然変わらなかったね。でも、僕もそんなようなことで、アメリカンフットボールをやったんだと思うよ。
小田嶋:そりゃそうでしょう。
岡:だってもう、アメフトはまるでカッコいいじゃないか、一見。マジンガーZじゃないけど、ああいう防具を着ちゃってさ。昔はハロウィーンなんてないから、あんなに変装する機会とかは、なかったわけじゃない。
小田嶋:そうだよね。別の人間に生まれ変わる、という機会は俺たちにはなかったんだよ。
岡:僕なんて体が大きくて、私服ですら買うのに不自由していた。服なんて、それこそ両国に買いに行く世界でしたからね。
小田嶋:それで、ファッション中枢が壊れていく。
岡:デビューしなくちゃいけない15、16歳のころに、市場から物理的にシャットアウトされて、相撲取りのいる町まで行かないと買えないってさ。
小田嶋:あの当時だって、ちゃんと青山あたりの輸入品店に行けば、あったはずなんだけど。
岡:そりゃ慶應のでかいやつだったら、輸入品を買うというのはあったかもしれない。だけど、少なくとも僕たちの中にはなかった。行ったとしても池袋がぎりぎりでしたからね。
小田嶋:普段は巣鴨にいて、ぎりぎり行って池袋。
岡:それで、カッコ悪いなと、もやもやしている時に、アメリカンフットボールというものに出会って、ふらふらっと入ったんだね。
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