小田嶋:ううん、したくない。もうとてもじゃないけど、やってられませんよ。

:お前、適応していたじゃないか。

小田嶋:現世に戻った瞬間に、もうあんなところは二度と嫌だ、という感じがしました。きっと我々は、入院がいいとか、現世がいいとかいうんじゃなくて、どっちにしろ慣れ親しんだ環境に適応する。そんなふうにできているんだよ。

 よく言うと、ものすごく柔軟なんですね。

小田嶋:そうなのよ。結局、それそれ。退院してから1週間ぐらいは自宅になじむのにすごく時間がかかるの。だって嫁さんなんか別に看護師さんじゃないからさ。何の面倒も見ないわけじゃない。

:当たり前だよね。

小田嶋:そうなると、あ、誰も起こしに来ないんだとか、俺は放置されているんだとか、そういうふうに思って、さみしくなってしまうの。

 飼育係がいなくなっちゃって。

小田嶋:野に放たれて、朝は自力で起きなきゃいけないの。

入院は、思い出の小箱?!

:俺の場合、腎臓破裂で1カ月間入院したのは、もう40年ぐらい前じゃないですか。

 すでに近現代史の範疇ですね。

:40年前って、もういろいろなことが記憶の中でぼんやりしている。だけど、入院していた時の記憶は鮮明で、何か特別な思い出みたいなものになっているの。それ……思い出の小箱というか、そういうところに記憶がしまわれているのね。

 ……「思い出の小箱」って……。

小田嶋:そんなすてきなものじゃないだろう。高田馬場の野戦病院だぞ。

:(笑)。ただ、やっぱり入院って思い出なんだよ。

小田嶋:思い出といえば、入院もそうなんだけど、事故が起きる時って、その瞬間から1コマ送りの感じではっきりと覚えているんだよね。

:それはある。

小田嶋:画面がこう、カチャカチャっと切り換わっていく。その後も、最初に手当てしてくれた看護師さんの顔とか、お医者の顔とか、見舞いに誰が来て誰が来なかったとか、はっきり覚えている。

:そう。俺が入院した時に、小田嶋が取った行動とかね。人の彼女と一緒に来て、一緒に帰っていったよね、あれ。

小田嶋:だから、あれは、何でもないんだ、と何回言えば分かるんだよっ(→この辺りも、入院編第4回の「野戦病院」のあたりを参照)。

 そういうのが、「思い出の小箱」なんですか?

:そう、思い出の小箱。つまり小さいってことなんですけどね。

(入退院編、これにて終了です)