1989年当時、時価総額が世界最大だったNTTは米IT(情報技術)企業の「GAFA」などの勃興により、かつての存在感は薄れている。これからのNTTはどんな姿を目指すのか。麻生太郎、安倍晋三首相時代に2度首相秘書官を経験しNTTの副社長になった柳瀬唯夫氏に、日本の国際競争力にも大きく影響するNTTのあるべき姿について聞いた。

英メイ元首相をNTTのセレモニーに呼ぶ
麻生、安倍首相時代の首相秘書官や経済産業審議官を経て、2019年に海外事業を統括する中間持ち株会社「NTT」の取締役になるという異色のキャリアを歩まれています。なぜNTTに来たのでしょうか。
柳瀬唯夫・NTT副社長(以下、柳瀬氏):18年に経済産業省を辞めた後、勉強会などでお会いしたことのあった澤田純社長(現会長)に声をかけていただいたのがご縁です。NTTは英ディメンション・データなど海外の企業を買収しましたが、当時ちょうど海外事業の中間持ち株会社「NTT」をつくって、ロンドンに海外統括会社の本社を置こうとしていたタイミングで、海外や外部の方を社内に多く呼び込んでいた時期でした。
実際にNTTに入られてどう感じましたか。
柳瀬氏:欧米や東南アジアを視察して驚いたのが、NTTの世界での知名度の低さです。日本では知らない人がいないNTTも、海外での知名度は「日本の通信会社ですよね」という程度。およそイノベーションやグローバルという印象とは程遠かったのです。
買収を重ねた結果、NTTはITサービス事業においてグローバルトップ5を目指しています。「目指せアクセンチュア」といった具合ですが、知名度は圧倒的に差があります。まずは知名度を上げないとビジネス上も不利になると感じました。
どのように知名度を上げていくのが得策でしょうか。
柳瀬氏:例えばこんなことがありました。自動車会社などが撤退を表明していたブレグジット(英国の欧州連合離脱)の真っただ中、NTTはディメンション・データやNTTコミュニケーションズなどの海外部門を統合した統括会社、NTTリミテッドの本社をロンドンに置く決断をしました。「日本の産業界は英国を見捨てていない」と現地の人にも良く知って評価してもらうべきだと思い、当時首相だった英国のメイ元首相にオープニングセレモニーに出てもらえないかと考えました。
当時の安倍晋三首相に直接お願いしたところ、「それはいいね」と、掛け合ってくれることになりました。安倍さんは開催されていた20カ国・地域(G20)の会合でメイ元首相に朝昼晩の食事のたびに3回、「NTTのセレモニーに出てくれませんか」とお願いしてくれたそうです。

最終的にブレグジットの最終交渉とタイミングがかぶってしまい、メイ元首相からはビデオメッセージを頂くことになったのですが、やはり首相が出れば政府の人は見るので、こうした活動は政治的には「あり」でした。
この件は、NTTの知名度を上げるために自分が役に立てることがあると思うきっかけになりました。
トヨタ一本足打法はリスク
NTTの強みはどこと感じたでしょうか。
柳瀬氏:研究所です。普通の会社は研究して製品化して販売します。昔はその機能を日立製作所やNEC、富士通、OKIといった「電電ファミリー」が製品にして事業化して販売していました。
ただ通信自由化後は、電電ファミリーに出す設備投資額が絞られ、通信機器から撤退する企業も出てきて、通信事業はグローバルでも弱くなってしまいました。
NTTは次世代情報通信技術「IOWN(アイオン)」に注力しています。
柳瀬氏:IOWNは優れた技術ですが、忘れてはいけないのは、これを誰がつくって誰が売るのかという点です。IOWNの特徴は、これまでの半導体では電気信号を使っていたものを光信号に置き換えて、エネルギー消費を抑えられる点です。これまで光技術は通信ネットワークに使われてきました。これからはサーバーや光半導体をつくるという、いわばコンピューティング産業になるわけです。
NTTの社内では現状、IOWNに関するマーケティングや販売、大量生産というプロセスが抜けています。いくら研究開発が優れていてもビジネスの視点でモノになりづらいでしょう。サーバーや半導体のメーカーまでIOWNの枠組みに入ってもらわなければ収益化できません。
私が経産省にいる時に、日本の産業界は「自動車一本足打法」から多数の峰が連なる「八ケ岳構造」へと転換すべきだということを訴えていました。自動車一本足だと、電気自動車(EV)化に出遅れると、日本全体が競争力を失ってしまいます。日本の産業界は既に「トヨタ一本足打法」と言ってよい状況になっています。そこに並び立てる存在が「通信」だと考えています。
NTTは技術があっても、これまでなかなか事業化で成功できませんでした。ソフト面やハード面で必要な会社を集めて、事業化を急ぐ必要があります。
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