近年、人口に膾炙(かいしゃ)してきた「カスハラ(カスタマーハラスメント)」。カスハラとは、企業や従業員などのサービス提供者に対する消費者の過度な要求や悪質なクレームを指す。労働社会学などを専門とする甲南大学の阿部真大教授は、「サービスの『相場観』の擦り合わせ」が解決のカギだと説く。

阿部真大(あべ・まさひろ)甲南大学教授
阿部真大(あべ・まさひろ)甲南大学教授
労働社会学が専門。2007年東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。西オーストラリア大学客員研究員などを経て18年から現職。

「カスハラ」はどのような状況で起こりやすいのでしょうか。正当なクレームとの違いは何ですか。

甲南大学・阿部真大教授(以下、阿部氏):生活者(消費者)の期待が過度に大きくなると、いわゆるカスハラにつながりやすくなります。

 例えて言えば、時給1100円のファストフード店の従業員に高級レストラン並みのサービスを求め、あるいは飛行機のエコノミークラスの客室でファーストクラス並みのサービスを求め、品質を満たしていないじゃないかと腹を立てるようなものです。

 これは、生活者と生産者(サービス提供者)の間で、サービスの「相場観」について社会的合意が取れていない状態だと言えます。

 つまり「これくらいの賃金の生産者であれば、このくらいのサービス提供になるだろう」という認識が、両者の間で擦り合わせできていないのです。

そうした認識の「ズレ」は、どのように醸成されてきたのでしょうか。

阿部氏:問題の根底には、生活者優位の考え方である「お客様至上主義」があります。

 サービス業は1990年代、2000年代と各社の競争が激化し、質の高いサービスが当然として受け入れられるようになりました。本来、生産者と対等である生活者の立場が強くなり過ぎてしまったわけです。

 さらに、10年代からはSNS(交流サイト)が普及し、生活者の意見が生産者に届きやすくなった。それ自体はもちろん良いことなんですよ。消費者としての権利を主張すべきところは主張すべきですし。

 ただ、その声がどんどん大きくなる中で「生活者に文句を言われる恐怖」が生産者に植え付けられてしまった。その結果、生活者優位の関係は歪(いびつ)さを増しています。

「お客様は神様」というスタンスが曲解されてきた(写真:PIXTA)
「お客様は神様」というスタンスが曲解されてきた(写真:PIXTA)

 そしてそのしわ寄せを被るのは現場です。サービス業は、人と関わり、やりがいを感じやすいからこそ一生懸命にサービスを提供できる。ただ一方でサービス供給は過剰になりがちです。企業はその心理に頼ってサービス競争を勝ち抜こうとしている部分があります。

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