長い年月をかけて培ってきた技術を生かして、新たな市場の開拓を目指す伝統工芸の取り組みを紹介する本コラム。第2回は京仏具・京仏壇の塗師(ぬし)集団が、これまでにない漆塗りの表現でインテリア製品などの新たな市場を開拓した事例を取り上げる。25歳の四代目塗師が率いる新事業は挑戦3年目で売上高の約3割を占めるなど、想定以上の成果を上げている。

 塗師は、江戸時代以前から用いられてきた漆塗り職人の呼称。京都府宇治市に本社を置く牧野漆工芸は、京都における二大塗師集団の1つだ。個人や親子で仕事をする塗師が多い中で従業員9人を抱え、お寺の内装や仏像、お神輿(みこし)などの漆塗りを手がけてきた。初代の故・牧野新吉氏と、二代目で1985年に会社を興した会長の新一氏はこれまでに2度、金閣寺の修復に携わっている。

 同社は2020年に、新ブランド「Makino Urushi Design」を立ち上げた。四代目で25歳のチーフマネージャー、昂太氏が率いる同ブランドは、これまでにない漆塗りの表現を次々と開発し、ホテルや高級住宅のインテリアなど新たな市場を拡大。3年目で売上高の約3割を占めるなど、想定以上の成長を見せている。

失敗作? いや、これは新しい表現になり得る

牧野漆工芸のチーフマネージャー、牧野昂太氏。これまでにない漆塗りのデザインを開発し、インテリア市場を開拓した(写真:水野浩志)
牧野漆工芸のチーフマネージャー、牧野昂太氏。これまでにない漆塗りのデザインを開発し、インテリア市場を開拓した(写真:水野浩志)

 中学生の頃から塗師の職を継ぐことを決めていたという昂太氏は、22歳で入社するとまず、仏壇・仏具の漆塗り市場の将来に不安を覚えたという。若い世代の宗教離れが進んでお寺に寄付金が集まらず、「修繕がままならない」「価格の高い漆は使えない」という話も聞こえてくる。実際、高齢化によって亡くなる人が増え、拡大すると期待された仏壇・仏具市場は縮小傾向にある。

 仏壇・仏具の仕事がある今のうちに新たな事業の柱が必要、と考えた昂太氏は、インテリア市場に目を付けた。だが普段手がけているシンプルな漆塗りでは差異化が難しい。化学塗料を使ったものと比べて、よく見れば違いが分かるものの、“真っ黒”という見た目で大きな差はない。逆に価格差はかなり大きくなってしまう。

 「何か違うことをしないとお客さんはわざわざ漆製品を買ってくれない。従来とはまったく違う試みをしなければ」。こう考えた昂太氏は、「伝統的な技術を応用して、新しい漆の表情をつくっていきたい」と従業員全員に相談し、これまでにない漆塗りの色見本やデザイン見本を作っていった。

「従来とは異なる漆塗りのデザイン」をコンセプトにさまざまな見本を作ることから始めた。牧野漆工芸のホームページでは、100種類以上のデザイン見本を見ることができる
「従来とは異なる漆塗りのデザイン」をコンセプトにさまざまな見本を作ることから始めた。牧野漆工芸のホームページでは、100種類以上のデザイン見本を見ることができる
漆塗りのデザイン見本をパネルにしたもの。展示会などに出展し、漆の技術でどのような表現ができるを知ってもらう情報発信に努めた(写真:水野浩志)
漆塗りのデザイン見本をパネルにしたもの。展示会などに出展し、漆の技術でどのような表現ができるを知ってもらう情報発信に努めた(写真:水野浩志)

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