「フォートナイト」や「あつまれ どうぶつの森」などゲームが主流となっている印象が強いメタバース(仮想空間)。エンターテインメント分野以外では、産業用途で活用が進んでいるものの、日常生活やビジネスの現場に浸透しているとは言いがたい。メタバースがキャズム(大きな溝)を越えるには、VR(仮想現実)デバイスのイノベーションが必要不可欠だ。その一つである「思考」でコンピューターを操る技術「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」を記者が体験した。

 2月、米マインドポータルのエクラム・アラムCEO(最高経営責任者)は「世界初」となる同社のBMIデバイスの一般向けデモを実施するため、来日した。思考でコンピューターを操る技術は、米メタ(旧フェイスブック)が2019年に米CTRLラボを買収したり、米起業家のイーロン・マスク氏が16年にニューラリンク社を設立したりするなど、競争が激しくなりつつある分野だ。

 ニューラリンクは脳に埋め込む小型デバイスを開発しているが、マインドポータルのBMIは体を傷つけない「非侵襲型」だ。侵襲型に比べて劣るとされる精度の向上が課題で、マインドポータルは、使い勝手を重視した持ち運び可能なデバイスを目指している。

キャップの後頭部に付いている8つのセンサーが、脳波を読み取る(写真=的野 弘路)
キャップの後頭部に付いている8つのセンサーが、脳波を読み取る(写真=的野 弘路)

 記者は会場に一番乗りで到着し、体験した。まず、左右の耳の後ろに粘着テープで端子を貼り付け、次に水泳キャップのようなものをかぶる。キャップの後頭部には、脳波を読み取る8つのセンサーが付いている。記者の脳波は起伏に乏しく、アラムCEOいわく「calm(冷静)」だったが、しっかりと検出された。

キャップの上に市販のゴーグルを装着して仮想空間に入る(米マインドポータルのジャック・バーベルCTO)
キャップの上に市販のゴーグルを装着して仮想空間に入る(米マインドポータルのジャック・バーベルCTO)

 キャップに市販のVRゴーグルを重ねて、ゴーグル固有の機能である「アイトラッキング(視線追跡)」が設定できたら、準備完了。いよいよマインドポータルが構築した仮想空間に入った。

 エントランスには、「マインドポータルのプレゼンテーションが始まります」という文章が浮かんでいた。記者は文章の下の「join」の選択肢を選ぼうとするが、うまくいかない。しばらく苦戦していると、アラムCEOは、「脳波を読み取るアルゴリズムを別のものに変更する」と話した。

 人が何かを選んだり、意図しようとしたりするとき、脳内に特定の信号が発生する。これを読み取り、コンピューターの操作に「翻訳する」ためのアルゴリズムだ。最初に試したものは、ジャック・バーベルCTO(最高技術責任者)に最適化されていた。次に、同社の複数のメンバーの脳データを学習させたアルゴリズムを試すことになった。

強い思念やトレーニングは必要ない

 2番目のアルゴリズムでも、なかなか成功しない。うまくいくと「join」が緑に光るはずだが、視線を追う赤い点がむなしく選択肢の周りをさまよう。記者が「マウスをクリックするように、強くイメージを持った方がいいのか」と尋ねると、アラムCEOは「一生懸命、『join』と念じたり、マウスをクリックするイメージを浮かべたりする必要は無い。トレーニングも不要だ。ただ、意識を向けるだけでよい」と応じた。これまでは、言語や人種によって操作がしづらくなるということはなかったという。

 デバイスを再起動するなど15分ほど試行錯誤が続いた。数度の挑戦で、ついに「join」が緑に光り、エントランスから次の部屋に移動できた。そこには人間の脳の模型が浮かび、下には選択肢が4つ並んでいた。その1つに意識を向けると、脳がバラバラに分解した。

手にコントローラーを握らずとも、コンピューターを操作できる
手にコントローラーを握らずとも、コンピューターを操作できる

 さらに、脳のパーツに意識を向けると、緑に着色されていった。一度はまると、後はスムーズになった。アラムCEOが言うとおり、何か特別な思考はいらず、選択肢に視線を合わせ、意識を向けるだけで選択できた。

脳のパーツに意識を向けると、緑色に変化した
脳のパーツに意識を向けると、緑色に変化した

 現在のVRゴーグルは、コントローラーを手で握って操作しなければならず、没入感がそがれてしまう。記者もコントローラーを手放しては見失い、ゴーグルを外して探すという体験を何度か強いられた。

 BMIが実用化すれば、煩わしいコントローラーの操作から解放され、没入感は高まると期待できる。アラムCEOは「25年に商用化を目指している。ファッショナブルなグラスにするため、社内にデザインに詳しい人材を抱えている。将来は高級車や高級ブランドの会社と組みたい」と語る。

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