巨大な仮想空間を指すメタバース。VR(仮想現実)などの技術を使って人々が仮想空間で交流したり消費活動したりできる。ゲームやエンターテインメントの領域を中心に市場が広がる一方で、過熱したブームの沈静化から「期待外れ」の声も聞かれる。メタバースとは何なのか。5つの疑問を通して、その基礎を理解しよう。
(1)そもそもメタバースとは?
(2)どんなサービスがあるの?
(3)メタバース=VRなの?
(4)「次のネット」になるためのカギは?
(5)メタバースの未来は?

Q:そもそもメタバースとは?

 1992年に発表されたSF小説『スノウ・クラッシュ』が生み出した言葉に由来する。古代ギリシャ語の「meta(超越)」に、英語の「universe(世界)」を掛け合わせた。

 現状で統一された定義はないが、岸田文雄政権の「骨太の方針」は、「コンピューターやコンピュータネットワークの中に構築された、現実世界とは異なる3次元の仮想空間やそのサービス」としている。

 その特徴は、(1)VR(仮想現実)ゴーグルなどが生む没入感(2)3次元の立体的感覚がもたらす身体性(3)多人数が同一の時空間で体験を共有する大規模な同時性(4)アバター(分身)をまとう擬態・変身性──などがある。

 例えば、音楽ライブのインターネット生配信とメタバース体験を比べてみよう。観客がVRアバターになることで平面モニターにはない没入感、自分の立ち位置によって見え方や聞こえ方が変わる身体性、偶然隣り合った観客と交流して盛り上がる同時性が期待できる。

 PwCコンサルティングの小林公樹ディレクターは「変身経済」にメタバースの本質があるのではないかと説く。

 音楽ライブなら観客ではなく主演に、企業なら有望な若手を仮想・管理職に、消費者調査ならターゲットのアバターに変身する。「経験」を超越した「変身」がメタバースの価値を高めるという考え方だ。

Q:どんなサービスがあるの?

 最も活用が進んでいる分野は、米エピックゲームズの対戦ゲーム「フォートナイト」や任天堂の「あつまれ どうぶつの森」などエンターテインメント領域が中心だ。仮想空間ならではの体験を創造し、長い時間を過ごす明確な動機を作りやすいためだ。日米の企業だけでなく、「TikTok(ティックトック)」の運営企業を傘下に持つ字節跳動(バイトダンス)が21年に買収した北京小鳥看看科技(ピコ・テクノロジー)などの中国勢もゲーム領域を中心に攻勢をかける。

 エンタメ以外ではどうか。アパレル大手ビームスはバーチャル店舗で、社員がアバター店員となって接客。KDDIなどは都市連動型メタバース「バーチャル渋谷」を作り、ハロウィーンなどイベントでにぎわいを生んだ。人材サービスのパーソルホールディングスは、「アバター接客」などの需要が増えるとみて、2024年3月末までにメタバース関連の人材サービス事業を3000人規模に増やす目標を掲げる。

伊藤忠インタラクティブは企業向けに低コストでVR空間を構築するサービスを提供
伊藤忠インタラクティブは企業向けに低コストでVR空間を構築するサービスを提供

 ほかには企業の会議や採用活動を仮想空間で実施するビジネス系、化学実験をVRで表現して学習意欲を高める教育系といったふうに、活用法は広がりが期待されている。

 メタバースの「土地」が高額で取引される一方で、デジタル庁が22年末にまとめた「Web3.0」に関する報告書は、「現在は、小さなメタバースがいくつも作られては消えていく『多産多死』の状況にある」と指摘している。

Q:メタバース=VRなの?

 VRとは、CGなどでユーザーが入り込める3次元の仮想空間を生み出す技術を指す。ゴーグルを装着した方が没入感は高まるが、現状では、3次元空間をパソコン(PC)のモニターやスマートフォンで視聴することもメタバース体験に含むことが多い。

 メタバースは閉じた仮想空間に限らない。現実の空間にCGによる仮想物体を重ね合わせるAR(拡張現実)も一つだ。

アークトラス幹部のイワン・ジョンソン氏は、トイ・ストーリーなどの制作に携わった(写真:的野 弘路)
アークトラス幹部のイワン・ジョンソン氏は、トイ・ストーリーなどの制作に携わった(写真:的野 弘路)

 米ピクサーのデザイナーらが起業した米アークトラスは、複数のカメラで撮った映像から3次元データを制作し、容易に電送する技術を開発した。衣服のネット通販サイトにARを埋め込み、購買意欲を高めるなど様々なツールと融合させることも可能だ。

 センサーなどを用いてVRやARが発展し、仮想と現実が融合した世界はMR(複合現実)と呼ばれる。はしりになりそうなのが、タイガー・ウッズら著名プレーヤーが参戦するとして話題を集める新たなゴルフの大会「TGL」だ。巨大スクリーンに映されたバーチャルコースにショットを放ち、パットは現実のコースで打つ。観客は移動せずに席で楽しむようだ。24年に開催予定という。

 このようにメタバースの真価はVRに限定したものではなく、現実と相互に作用し合うときに生まれるという意見は多い。先行例が産業用途だ。工場、物流倉庫、自動車や航空機のエンジンなど現実に存在していても大規模かつ複雑なために構造が理解しづらいものをVRで再現し、現実の「カイゼン」につなげる手法だ。

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