(前回から読む→「モックを見て『ソニーのミラーレスはこれだ』と決心」)
2008年末、「ソニーの真骨頂は機能に妥協しない小型軽量」だと改めて実感し、デザイナーのひらめきで、それを形にするミラーレスのデザインも手に入った。当時のボスにプレゼン、あとはエンジニアが商品化するだけ、男気の先輩Sさんが、「よっしゃ、石塚の欲しいCMOS(撮像素子、イメージセンサー)を必ずつくってやる」と言ってくれた。担当者が決まり、カタログのダミーまでつくって、そこで異動、ですか。
ソニーグループ副会長・石塚茂樹さん(以下、石塚):2009年の6月に、リチウムイオンバッテリーなどの事業に転出(デバイスソリューション事業本部長に就任)しました。

2008年は、振り返ってみれば9月にリーマン・ショックがあって、ソニーも08年度(09年3月期)は営業赤字に転落しています。多かれ少なかれ、どの企業もどちらに向かうべきなのか確信が持てず、方向性を見失っていました。
石塚:そうです。ソニーも非常に混乱していた時期でした。あれこれの事情が錯綜(さくそう)し、私は「デバイス事業本部の立て直し」を命じられて、デジカメの部門(DI=デジタルイメージング事業本部)から出ることになった。
本人は案外さばさばしてました
逆襲の一手が結果を出す前に部署を離れることに、悔しさはありませんでしたか。
石塚:そう聞かれたら「悔しくなかったわけはない」と言うところなんですけれど(笑)、αのミラーレスの立ち上げの仕込み、アイデアの一応の決定とプロジェクトチームの編成は全部お膳立てできましたので、それで任せて出たんです。ですので「前年に過去最高業績も出せたし、カメラの事業責任者としてやることはやり切った」という感じでしたね。
案外さばさばと?
石塚:バッテリーの事業は将来性があると思っていましたから、「企業相手の仕事も面白そうだな」と。割と前向きでしたね。また(カメラに)戻るとはまったく思っていなかったです。本当に。
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