(前回「『普通ではいけない』ソニーを苦しめた自己イメージ」から読む)

前回は大変興味深いお話をいただきました。自分のような外野からは、ある程度使いにくくても、個性的な、びっくりするようなデザインや機能をソニーの製品に求めてしまいます。外野ですから、売れるかどうかは気にしないわけですね。でも、ソニーの中でも「他と違うことをやるのがソニーらしさで、ユーザーもそれを求めている」という思いが、製品開発を縛っていた。

ソニーグループ副会長・石塚茂樹さん(写真:大槻純一)
ソニーグループ副会長・石塚茂樹さん(写真:大槻純一)

ソニーグループ副会長・石塚茂樹さん(以下、石塚):そう、そして、前回の言葉を繰り返すと「今から思えば『えっ』と思うようなトライ&エラーを通して、だんだん、だんだん、カメラの本質的な性能というか、求められているものに気付き始めるわけですね。お客さんに選ばれないという事実を目の当たりにして」。

ようやく分かってきました。ここまで、激戦区の一般ユーザー向けコンパクトデジタルカメラ市場でのソニーの戦いを伺ってきましたが、いったん時計の針を巻き戻して、本格的なカメラの市場を目指してきた経緯を、製品を通して振り返っていただきたいと思います。ちなみに、「本格派カメラが必要だ」という気付きが生まれたのはいつ頃でしょうか。

本格派カメラへの苦闘

石塚:そうですね……本格派カメラ志向のモデルは1998年の「DSC-D700(サイバーショット・プロ)」の頃からありましたが、本気でやらないと、となってきたのは2003年に「DSC-V1」を出す頃からかな。これは競合メーカーの本格派カメラをかなり意識した商品です。

DSC-V1(2003年5月)510万画素CCD、光学4倍ズームを搭載。普及モデルでは物足りず、さりとてデジタル一眼レフまではちょっと、という中級者をターゲットとした(画像提供・ソニーグループ、以下同)
DSC-V1(2003年5月)510万画素CCD、光学4倍ズームを搭載。普及モデルでは物足りず、さりとてデジタル一眼レフまではちょっと、という中級者をターゲットとした(画像提供・ソニーグループ、以下同)

V1の売れ行きはどうだったのでしょうか。

石塚:マスを狙った商品ではないので、そこそこでしたね。可もなく不可もなく。

当時の「本格派のコンデジ」というと、キヤノンの「PowerShot G」シリーズ(「G1」が00年発売、以降ほぼ毎年新型が登場する)が仮想敵でしょうか。05年にソニーからは、光学12倍ズーム搭載の「DSC-H1」が出てきますが、こちらもそういう狙いですか?

石塚:高倍率ズーム搭載機のHシリーズは、基本的に本格派コンデジとは別に考えたほうがいいと思います。こちらは他社さんによって市場ができてきまして、僕らがそこに参入した形です。ビジネス上は脇を固めるというような感じのものです。日本より海外でよく売れましたね。

DSC-H1(2005年6月)光学12倍ズームレンズと手ぶれ補正機能を搭載
DSC-H1(2005年6月)光学12倍ズームレンズと手ぶれ補正機能を搭載

なるほど。ところで、V1発売から半年後の03年12月に「DSC-828」という、明らかにそれまでのFシリーズの3ケタ番台とは違う異形のカメラが出てきます。ルックスもがらっと変わりましたし、プレスリリースを見ると、撮像素子は「世界初の4色カラーフィルターを採用した『4 color Super HAD CCD』」。レンズは「F値2.0-2.8光学7倍ズームレンズ(広角28mm-望遠200mm)」。そしてお値段は「希望小売価格176,000円(税込)」。本格派コンデジ、やる気満々、という感じですけれど。

DSC-F828(2003年12月)F値2.0-2.8の明るい光学7倍ズームレンズ、新開発の4色カラーフィルターを採用した撮像素子、画像処理システムなどなどを搭載。本格派カメラへの意気込みを感じさせるカメラ。Fシリーズらしくレンズ部は回転する
DSC-F828(2003年12月)F値2.0-2.8の明るい光学7倍ズームレンズ、新開発の4色カラーフィルターを採用した撮像素子、画像処理システムなどなどを搭載。本格派カメラへの意気込みを感じさせるカメラ。Fシリーズらしくレンズ部は回転する

石塚:F828は実はいわく付きといいますか、いろいろあったカメラです。うちのエンジニアがものすごく思い入れて開発をやった撮像素子を搭載しています。撮像素子、イメージセンサーって普通はRGB(赤・緑・青)の3色コーティングなんですけれども、ここにE、エメラルド(青緑)を入れて、色の帯域を広げました。

今でもこの機種の色味を称賛する個人のブログを見かけます。

石塚:ありがたいですね。いい色味が出るには出たんです。しかし実は、カメラのレンズには「パープルフリンジ」といって、被写体によっては画像のエッジの部分に紫色の偽色が出てしまう現象が稀(まれ)にあるんです。最近はレンズの性能や画像のデジタル補正でかなり改善できるんですが、そういう技術が当時はなくて。

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