米中規制の波に日本も対応
しかし、再び混沌が訪れ、10年代後半からは覇権対立の時代に入った。米トランプ政権は18年から対中追加関税を連発し、民間の貿易に介入。さらにWTOの上級委員任命を米国自身が阻止し、バイデン政権になってもWTOの機能不全が続いている。国際的なルールに基づく貿易協議は宙に浮いたまま、中国企業に対するリスト規制が拡大。22年10月には先端半導体関連の禁輸も加わった。中国も輸出管理法の制定などで貿易に目を光らせている。
米中による貿易制限措置は、日本企業にも影響がある。かねて経団連や日本商工会議所は、外国企業にも実質的に規制の効力が及ぶことへ懸念を示してきた。国家間の対立に企業も目を凝らさないと、事業の存続に関わってしまう。

この流れは、簡単には解消できないとの見方がある。市民レベルでの「格差拡大への反感」がテコとして働くからだ。米国ではラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる地域を中心に、経済的な苦境の原因を貿易だとみなす反グローバリズムがくすぶっていた。それが政治動向と結びつき、実証研究もその思惑で利用される。マサチューセッツ工科大学(MIT)のデイビッド・オーター教授による労働市場の分析論文は、トランプ政権により「中国からの輸入が米国の失業につながる」と単純な図式で捉えられ、保護主義的な政策の補完材料に使われた。
国同士の対立により、テクノロジーの進展にも監視の目が強くなりやすい。国を治めるためのツールとしても着目されるからだ。企業の自由度を広げてきた過去半世紀のトレンドを覆してでもルールを増やすのは、「規制当局の復権」=「国家運営サイドの復権」をこの局面で各国が重視しているためだ。
記事冒頭の例はあくまで「子供への悪影響」を理由としていたが、巨大テック企業に規制を掛ける根底には「国家が作戦を練っているときに企業がそれを超える影響力を行使しないでくれ」という暗黙のプレッシャーもある。
例えば旧フェイスブックが構想した暗号資産リブラは「国家の制裁力を弱体化させる力を持つ可能性があり、米ドルによる金融制裁の抜け穴になる恐れがあったので脅威とみなされた」(東京大学の國分俊史特任教授)。リブラは先進各国政府から批判の猛攻を受け、厳しい規制を受ける見通しとなってパートナー企業が次々と離脱。名称を変えて出直そうとしたが頓挫した。企業が国際的に成長する際、目には見えない線引きをチェックしておかないと、事業ごと閉ざされるリスクが潜む。
さらに経済安全保障の枠組みに、人権問題も含まれるようになった。欧米に連動し、日本の経済産業省もサプライチェーンでの人権尊重のガイドラインを22年に公表した。法的規制ではなくとも、国際的なレピュテーション(評判)リスクがあるため、企業は対策を練らざるを得ない。
米中に世界の視線が注がれる中、こちらを忘れるなとばかりにEUも存在感を出す。特に環境保護を軸としたルールを続々と打ち出し、23年からは国境炭素調整措置を段階的にスタートさせる。鉄鋼やセメントなどの特定品目をEU域内の事業者が輸入するときは、温暖化ガスの排出量に着目。EU域内での排出量取引制度(ETS)に基づき、同様の炭素価格を支払うことになる。もはや非関税障壁でなく、事実上の関税として機能する。
米コロンビア大学ロースクールのアニュ・ブラッドフォード教授は、EUが規制ルールを使って国外に影響力を及ぼす様子を「ブリュッセル効果」と呼んでいる。単発的なものでなく、今後も傾向として注意が必要だ。
規制を巡る当局間の競争は、企業が活動しやすいようにハードルを下げる方向と、逆に活動を締め付けていく場合がある。前者は、米国で企業を設立しやすいといわれるデラウェア州になぞらえて「デラウェア効果」という。後者のように規制を強めていくものは、消費者規制や環境規制の厳格さから「カリフォルニア効果」と名付けられている。足元の貿易ではこちらが目立ちつつあるが、国家間の思惑が入り乱れる中でもせめて「健全な領域での自由」を企業が求め続ける必要はある。各国・地域が繰り出す戦略への対応力が問われている。
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