現在、私は三菱商事のIT担当部長として、デジタル時代のビジネスのあり方、働き方推進を主業務としています。総合商社という業界は、その存在を端的に説明することが極めて難しく、今でも人から問われる度に口をつぐんでしまいます。

 なぜ難しいのか。恐らくその難しさは、多岐にわたる総合商社の業容も多分にありますが、やはり変化の激しさが主たる理由と言えるでしょう。総合商社は環境に合わせて自ら業容を変えてきました。総合商社の持つこの原動力をどう理解すればいいのか。例えば、三菱グループが掲げる「三綱領」にはその理解の一助となる要素が数多く含まれていると考えています。

三菱グループの経営理念として掲げられている「三綱領」(提供:三菱商事)
三菱グループの経営理念として掲げられている「三綱領」(提供:三菱商事)

 三綱領とは三菱グループの経営理念として創業初期から受け継がれてきたものです。「所期奉公、処事光明、立業貿易」の3つの指針から成り立ち、社会貢献、フェアプレイ、グローバルな視野、という基本原理を示すものになります。三綱領精神で守り抜いた伝統は、古さよりも、むしろ将来の変革につながる原動力になっています。

 別の言い方をすると、変わらぬ価値があるからこそ変革ができるということではないでしょうか。私の尊敬する上司は「変化の過程に本質が宿る」という大切な価値観を教えてくれました。何かを変えるときほど、いま一度原則に立ち戻ってよく考えることが大切なのだと思います。

 なぜ、冒頭でこのような話に触れたのか。それは、私の従事するIT部門が今デジタルトランスフォーメーション(DX)という嵐の中で変革の急先鋒(せんぽう)に立たされているからです。

現代の「黒船」に日本企業はどう向き合うか

 IT業界には元来、新陳代謝が激しいカルチャーがあります。そのため、変革へのアレルギーは少ないほうかもしれませんが、それでものべつ幕無しに何でも変えるという風潮に、担当者でありながら少し恐ろしささえ感じます。

 特に、昨今のGAFAM(米グーグル、米アップル、米フェイスブック=現メタ、米アマゾン・ドット・コム、米マイクロソフト)と呼ばれるテックジャイアントたちが招いた、生態系を根こそぎ変えてしまうディスラプション(創造的破壊)への危機感がこれを助長していると言えるでしょう。

 この黒船に立ち向かうにあたっての一つの問題提起は、はたして「相手の土俵で相撲を取っていいのか」ということです。

 こう言うと、「グローバルスタンダードへの適用が肝要」と反論されてしまいそうですが、それではグローバルスタンダードとはそれほどまでに絶対的な価値なのでしょうか? 資本主義のゆがみ、行き過ぎた個人主義、グローバルスタンダードをけん引する欧米でさえ綻びが見え隠れする中、相手の土俵を妄信することの危険性を指摘せざるをえません。

 GAFAMのトップの一人であるジェフ・ベゾス元CEO(最高経営責任者)はインタビューなど機会あるごとにこう言っています。

 「善意は役に立たない、仕組みだけが役に立つ」

 日本企業で働くものとして、この言葉をはたして素直に受け入れられるものでしょうか。私たちは、少なくとも仕組みの中の取り換え可能なロボットではないはずです。

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