日本経済の成長力回復に向けて「人的資本経営」の重要性が叫ばれている。人材を資本の一つと見なす考え方で、企業は実際にどのような取り組みを進めているのか。顧客からの信頼が最重要事項であり、保守性の高い金融業界にも、VUCA(ブーカ=変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の波は訪れた。10万人超の従業員を抱える三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)は、どう変革に挑むのか。グループCHRO(最高人事責任者)を務める夜久敏和代表執行役副社長に聞いた。

ウクライナ紛争や新型コロナウイルス禍、そしてそれらを受けての金融市場の混乱や激しい価格変動など、予測していなかった事態が多々起こり、まさに先の見えないVUCAの時代になってきました。混迷の時代を生き延びるため、銀行の人事施策として何が必要になっていくのでしょうか。
夜久敏和代表執行役副社長・グループCHRO(以下、夜久氏):金融業は、「命の次に大事」なお金を扱う業界ですから、お客様からの信頼が不可欠です。特に金融業は社会的、公共的な使命があります。事業においては一定のクオリティーや規律、ルールが不可欠ですが、それを前提として、競争のためには、新しいことへの挑戦や新たな価値観が必要です。
この新たな挑戦には、人材の「多様性」が何よりも重要です。個性、持ち味、価値観が多様であることは本当に大切で、なおかつ社員全員が組織の中で自分の場所を持ち、やりがいを持って生きられなければ、企業の競争力は上がっていきません。
従来は正確性や効率を重視した画一的なビジネスモデルに従っていればパフォーマンスは上げられました。しかしVUCAの時代といわれる中で、かつて求められていた統一性が、徐々に存在感をなくしているように思われます。
そんな中でこれからの人材に求める要素として、専門性は重要です。自分の責任を情熱と意欲をもって果たすことが必要です。ただ、そうはいっても、組織として仕事をしているわけなので、個人プレーだけではなくチームとしてパフォーマンスを上げるチームワークは、当然求められます。
多様性はマネジメントを難しくする
チームワークの向上という点ではどのような取り組みがありますか。
夜久氏:幹部の研修などで私は「理想のリーダー像が変わってきている」という話をよくします。以前は、「俺について来い」みたいなトップダウン型の率先垂範のリーダーが理想だとされ、部下は上司の背中を見て育ってきました。
ですが近年は、「背中を見せたら駄目よ」と伝えるようにしています。正面から向き合うリーダー像が求められています。部下の話を聞き、こちら側の話もしっかりと伝わるように話し、チームを強化していかなくてはいけません。それは、チームに多様性があり、ひとくくりにリードすることが難しくなってきているからです。マネジメントの難易度は以前より高まってきているのでしょう。
そんな中で経営陣に求められることは何でしょうか。
夜久氏: SMBCグループ計10万人の、人材力の総和を最大化することを目指すべく動くことだと思います。ベースにはダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公正性)、インクルージョン(包摂性)があります。全従業員が個性や適性を生かせる仕組み、環境づくりが経営陣の責務です。不確実な時代の中で、何が起きても柔軟に対応していける組織にすることがゴールです。
経営理念の中に、「勤勉で意欲的な社員が、思う存分にその能力を発揮できる職場をつくる」というミッションがあります。「勤勉で意欲的な社員」というのはプレーンな言葉に聞こえますが、グループのある種の特性だと思います。経営陣が求める成果を上げたり、お客様に感謝される仕事をしたりする社員に対して、経営側もその労に報いられるような、相互のコミットメントは必要です。
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