「いかなる悪でもなし得る人間」とは
一方でランドは、イノベーターのような傑出した能力や強い意志がなく、生きる目的を持たない人間に対して厳しい視線を向けます。「目的を持たない人間は、その場限りの感情や不明瞭な衝動に流される人間であり、いかなる悪でもなし得る人間なのです。なぜならそのような人は、自分の人生のコントロールを完全に失っているのですから」と前述のインタビュー記事で述べていました。
しかしながら、選民主義的で、優れた能力を持つ天才を称賛する一方、才能や目的を持たない人間を否定するランドのメッセージには、嫌悪感を覚える人が多いのは当然です。このためこの本が出版された直後から批判的な意見が目立ち、「危険な思想書」と呼ぶ人もいます。
肩をすくめるアトラスには、個人の自由と資本主義を礼賛する一方、全体主義、社会主義的な世界を憎悪する、ランドの怒りの感情が強くにじみでています。
ランドがこのような思想を持つようになった背景には、彼女の生い立ちが深く関係しています。1905年に帝政ロシアで生まれたランドは、裕福で恵まれた生活を送っていましたが、12歳のときに革命が起き、一家は財産を没収されて困窮します。それでも成績が優秀だったランドはペトログラード大学(現サンクトペテルブルク大学)に入学。歴史を専攻し、アリストテレスやプラトン、ニーチェなどを研究しました。
卒業間際に、ランドはブルジョワ(資本家階級)的とされ、ほかの多くの学生と共に大学から追放されますが、なんとか卒業を許可されます。その後、親類を頼って渡米し、米国の自由な空気に魅了され、移住を決意。映画の脚本家・作家としての道を歩み始めました。
いくつか映画の脚本を書いた後、1936年に半自伝的な小説『われら生きるもの』を出版。旧ソ連の絶望的な世界とそこから脱出しようとする若者たちを描いた作品です。共産党の有力者や彼らと癒着した一部の人々が甘い汁を吸う一方で、庶民は飢えと逮捕や処刑におびえる抑圧的な生活を強いられる世界を描いています。
「『われら生きるもの』は『ソビエトロシア』についての小説ではない。国家と対立する個人についての小説だ。その主題は人の命の神聖さ―神秘的な意味ではなく、『至上の価値』という意味での神聖さである」。われら生きるものの序文でランドはこう述べています。この本は、ナチスドイツなどの全体主義やほかの社会主義国家を含むあらゆる独裁に関する場所と時代を問わない物語であり、暴力の支配が人間をどう変えてしまうか、それが人間の持つ最上のものをどのように破壊するかについて描いたものだ、といいます。
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