「人は自分自身のために存在する」
マスクやジョブズ、ティールのようなイノベーターたちにとり共感できる点が多いストーリーでしょう。個人が生み出す成果は純粋にその人物の能力のおかげであり、優れた能力と知性がある人間は逆境を克服できるというのがランドの主張です。肩をすくめるアトラスには、ランドの強烈な思想が込められています。
その特徴としては、まず利己主義が挙げられます。ランドは1964年に米国の雑誌に掲載されたインタビュー記事の中で、「人は自分自身のために存在する」「自分自身の幸福を追究することが、人にとって最高の道徳的目的である」「自分を他人の犠牲にしてはならないし、他人を自分の犠牲にしてもならない」といった自身の考えを説明しています。
ランドは利他主義を否定していました。ランドの考える利他主義とは、「自己犠牲は人間にとって最高の道徳的義務であり、価値であり、美徳である」と考えるような道徳体系であり、「これは集団主義の道徳的基盤であり、あらゆる独裁制の道徳的基盤である」と述べていました。
個人の自由や利益を否定する集団主義をランドは憎んでいました。具体的には旧ソビエト連邦のような社会主義や共産主義、ナチスドイツのような全体主義です。このような社会では、国家のような集団に奉仕することが最優先とされ、個人の自由は制限されます。思想は統制され、言論の自由もありません。政府に刃向かう人間は容赦なく逮捕され、処刑されるような世界で、集団のために個人は命を差し出すことさえ求められます。
一方でランドは、社会をよりよくする革新的な発明を生み出す「イノベーター」に大きな価値があると考えていました。「新しいアイデア、価値あるアイデアを提供する者は、必ず知的現状の外に立ちます」「イノベーターこそが、人類を前進させるのです」と述べていました。このようなイノベーターは、個人の自由が認められない集団主義の世界では活躍できず、社会は進歩しなくなると考えていました。
イノベーターに至上の価値があると主張するランドの思想がテック企業のリーダーたちに支持されるのは当然といえるでしょう。イノベーターを、特別な力を持ち、世界を救うヒーローのように描いているからです。『天才読書』で詳しく書いていますが、マスクは自分自身を「世界を救う超人」のように捉えている印象があります。それはジョブズにも共通していました。
このほかにも「理性」の重視や、経済活動は民間にできるだけ任せて、国家は可能な限り介入しないという「自由放任資本主義」もランドの思想の特徴です。
Powered by リゾーム?