新型コロナウイルス流行前、外国人観光客の伸び(2003年比)で沖縄は全国平均の6倍を記録した。好況だったのにもかかわらず、沖縄の子供の貧困率は全国平均の2倍近い。背景にあるのは、稼いだ収益が地元に還元されない「ザル経済」の問題。沖縄のホテルの多くを本土資本や外資が所有し、利益は県外に漏れ出ている。そして円安の今、割安となった日本の資産を、外資が虎視眈々(たんたん)と狙っているからだ。日本全国でも起こりかねない問題に対し、沖縄経済界はいち早く手を打ち始めている。

「ロイヤルビューホテル美ら海」の総支配人に就任した饒波(よは)正仁氏
「ロイヤルビューホテル美ら海」の総支配人に就任した饒波(よは)正仁氏

 「慣れ親しんだ『ロイヤルビューホテル』という名前が戻ってきて、本当にうれしいと地元の人たちから喜ばれている」。沖縄県本部町の「ロイヤルビューホテル美ら海」で総支配人を務める饒波(よは)正仁氏は日々そう実感しているという。沖縄を代表する観光施設「沖縄美ら海水族館」の敷地に隣接する同ホテルは1975年、沖縄国際海洋博覧会に合わせて開業。当時、皇太子さま(現在の上皇さま)が宿泊されたこともあり、地元にとって誇りの一つだ。

1975年の沖縄海洋博公式ガイドブックにも描かれているロイヤルビューホテル
1975年の沖縄海洋博公式ガイドブックにも描かれているロイヤルビューホテル
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 しかし経営主体は目まぐるしく変わってきた。その過程でロイヤルビューホテルの名は消え、「チサン」「ロワジール」、そして「センチュリオン」と全国チェーンのブランド名が冠された。21年12月に、15年ぶりにロイヤルビューホテルの名称が復活したのは、所有と運営が県内資本に移ったからだ。

 現在、このホテルのオーナーとなっているのは、ファンド運営会社の琉球キャピタル(那覇市)。琉球銀行を中心に、県内企業17社が共同出資して20年5月に設立した。旗振り役となった琉球銀行の川上康頭取は「県外資本や外資に流出しかねない資産を県内資本で買い支え、利益を地域に還元する」とその狙いを語る。

 川上氏の原体験は、融資を担当していたバブル期まで遡る。県内企業に融資し、リゾート施設ラッシュに沸いたが、バブル崩壊でその多くは県外や外資企業の手に渡ってしまった。川上氏は「金融危機がなければ我々が支え、県内に残せたはず」と悔やむ。

琉球キャピタル設立の旗振り役となった琉球銀行の川上康頭取(写真=前新直人)
琉球キャピタル設立の旗振り役となった琉球銀行の川上康頭取(写真=前新直人)

 頭取就任後の18年夏。川上氏はインバウンド好調のただ中、小さな異変に気づいた。韓国との政治的な関係が悪化し、旅行客が減り始めたのだ。川上頭取は沖縄経済の失速を見通し、融資を絞り込むよう指示。同時に「ホテルが売りに出されるかもしれない。県内資本で買い戻すチャンスだ」と考えた。

 県内の経営者が集まった場でファンドの構想を披露すると、多くの賛同が得られた。誰しもが利益が地元に残らない、いわゆる「ザル経済」に不満を抱いていた。

 もっとも、現実は川上氏の想定をはるかに超えた。20年初頭からのコロナ禍で、県内企業も含めて業績が一気に悪化。県外資本から資産を買い戻す以前に、県内資産の県外流出が表面化したのだ。そこで当初の計画を早め、立ち上げたのが琉球キャピタルだ。

 第1号案件は20年12月、財務状況が痛んでいた沖縄を代表する旅行会社・沖縄ツーリスト(那覇市)へ1億円を出資した。21年4月には、県内のホテル運営会社かりゆし(沖縄県恩納村)からホテル2棟を譲り受けた。かりゆしはホテルの売却を検討していたが、琉球キャピタルが受け皿となり、かりゆしが継続運営することで県外への資産流出を防いだ。「ホテル運営のコンサルタントも付け、バリューアップを目指している」(琉球キャピタル)。

 そして21年9月末、冒頭のロイヤルビューホテル美ら海の取得に至る。全国チェーンの「センチュリオンホテル」が撤退を検討しているところに名乗りを上げた。念願の、県外資本からの資産買い戻しがついに実現した。

 運営は沖縄本島北部で建設業やホテル業を営む、ゆがふホールディングス(HD、沖縄県名護市)が引き受けた。前田貴子社長は「私自身、子供の頃からなじみがあるホテル。コロナ禍で苦しい時期だったが、地元企業の手で運営したいと手を挙げた」と話す。

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