記者は福島県に現存するヒッピーコミューンを訪ねた。次世代インターネット「Web3」の正体を探るためだ。既成の社会体制から離脱したヒッピーたちの生き方は、グーグルやメタ(FB、旧フェイスブック)、アマゾン・ドット・コムなど米大手IT各社が支配する既存のネット社会からの離脱を目指す、Web3の思想に通じる。大手IT企業が提供する便利なサービスを私たちが捨て去る覚悟を持てるかどうかが、「Web3革命」の成否を握る。

 福島県のいわき駅でタクシーに乗ったのは、1時間ほど前だ。目的地に続く未舗装の山道に差し掛かり、でこぼこの路面にてこずる運転手が気の毒になった。記者は「ここで降ろしてください」と告げて1人で山道を歩き始めた。目指すのは、人々が共同生活を送る山深いヒッピーコミューンである。

 さかのぼること1週間前、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ元所長で、デジタルガレージ共同創業者の伊藤穣一取締役が、取材中に、「Web3はヒッピームーブメントに似ている」という趣旨のことを口にしていた。

デジタルガレージの伊藤穣一取締役(写真:菊池 一郎)
デジタルガレージの伊藤穣一取締役(写真:菊池 一郎)

 伊藤氏をはじめ、次世代インターネット「Web3」の時代到来を予見するIT業界関係者が世界中で増えている。「ブロックチェーン(分散型台帳)の登場で、ネット社会の秩序が大きく変わる」というのだ。もっともWeb3はまだ理念が先行しており、その中身は曖昧な部分が多い。

 もしWeb3とヒッピームーブメントが似ているのなら、現存するヒッピーコミューンを訪ねれば、Web3の正体に迫れるかもしれない。そんな期待を胸に、しばらく1人で山中を歩いていると、突然目の前が開けた。半世紀前に開村したヒッピーコミューン「獏原人村」に到着した。仲間たちから「マサイ」と呼ばれている風見正博氏が、「ご連絡いただいていた記者の方ですよね?」と言いながら出迎えてくれた。

獏原人村で暮らす風見正博氏。通称「マサイ」
獏原人村で暮らす風見正博氏。通称「マサイ」

 一通りあいさつを終え、静かな山中で身の上話に耳を傾けた。

 マサイは1950年に東京で生まれた。科学者になって社会に貢献したいという夢を抱き、大学で物理学を専攻した。ただ当時は学園紛争の影響で授業が行われていなかった。学業以外の時間がたっぷりとあり、友人らと人生論を語り合ったり、ロック音楽に親しんだりしているうちに、「大学を出て、科学者になって人類を幸福にする」などという価値観が、体制に刷り込まれたまがい物であると感じるようになった。

 マサイは大学を辞め、ヒッピーとして生きる道を選んだ。70年代半ばには獏原人村を立ち上げ、ヒッピー仲間たちと自給自足生活を始めた。

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