新規事業創出の専門家である守屋実氏の連載第6回は、「撤退の意志決定」について。撤退については、「断腸の思いで決断すること」と受け止める人が多いのではないでしょうか。しかし、守屋氏は十中八九失敗する新規事業においては、「撤退は常に隣り合わせ」だと語ります。だからこそ重要なことは、撤退を避けて通るのではなく、むしろ撤退の判断ができる力を意識して鍛えるべきであると明言します。

 本連載では、「事業は必ず生み出せる」とお伝えしましたし、アイデアの生み出し方やアイデアをカタチにする方法も解説してきました。そして、事業計画の魅せ方と事業の勝ち筋の構築の仕方も示してきました。しかし忘れてはならないのは、新規事業は「それでも十中八九失敗する」ということです。だから失敗は想定内。でもそれは逆にいうと、「10回生み出せば1回か2回は成功することも想定内」ということでもあります。

 だとしたら、大事なことは「適時適切に能動的に撤退の決断をする」ということです。

 撤退の決断ができず、ずるずると勝ち目の薄い事業を長く引きずるということは、「新規事業を一発必中で当てる」と言っているようなものです。そうではなく、「10回生み出せば1回か2回は成功する」のですから、どんどん生んでいくことで生き残る事業が出てきて、最終的に生存確率を乗り越えた事業にリソースを集中させて成功をつかみ取るイメージを持つことが重要なのです。これは独立起業の世界で起きている自然の摂理です。だから、社内起業(新規事業)でもこの摂理にのっとって、「絞りと集中」の決断をしていくことが求められるのです。

「絞りと集中」の工程

 起業専業企業のエムアウトでは、以前、1枚紙、10枚紙、50枚紙、という言葉がありました。これは何を意味しているかというと、まず、事業の構想が生まれたら、課題・顧客のニーズ・サービス概要・売り上げイメージなどを1枚のスライドにまとめて書き上げ、その1スライドに納得感が得られれば、解像度を上げてスライド10枚にし、10枚でイケると思えばさらに解像度を上げて50枚のスライドにするという工程を踏んでいた、ということです。もちろん、その先には実証実験を行って机上の仮説を実際の市場で検証するフェーズがあり、それらを経た上でようやく参入となるわけです。

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 ある年に、この流れにおける生存確率を調べてみたところ、「1年間で239枚の1枚紙を作成し、その後、10枚紙、50枚紙、実証実験と工程を経るたびに絞られながら、結果として参入できたのは2事業だけ」でした。しかも、結局1事業は儲からずに撤退したのです。それくらい、事業の成功とは少ないものである一方、逆に言うと、239個考えれば1つは成功する、ということでもあります。この最後に残った1事業以外、つまり238事業を通して、撤退について考えていきたいと思います。

 考えるに当たって、まずは「何をもって撤退というか」という目線を合わせたいと思います。「撤退」という言葉を使うと、「全社を挙げて新規事業に注力し、もはやどうにもならなくなり、断腸の思いで失敗を受け入れる」といったイメージを持つ人があまりに多いのです。しかし、繰り返しになりますが、事業は十中八九失敗します。であるならば、「早期高確率での能動的な撤退」が「普通に行われるべき」なのではないか、ということです。

撤退の判断ができる力

 「撤退できる人は、撤退したことのある人」だと思っています。これは、トンチのような話をしているのではなくて、事実としてそうだ、ということです。

 事業を開始して1年、2年とたっていく中で、「撤退か存続か」を初めて考えるのでは、遅過ぎますし、重過ぎます。すでにサンクコストがかさみ過ぎて決断が難しくなってしまっているからです。そうなってしまう前に、撤退か存続かを検討する関所を、もっと小刻みに何度も設けることが必要です。

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