企業や病院など、長年、赤字が続いた企業や組織の経営を次々と任され、全て立て直すという驚くべき手腕を発揮した経営者がいる。現在、JR貨物の相談役を務める石田忠正氏だ。
日本貨物航空(NCA)に次いで、石田氏が再建に取り組んだのは、日本でもトップクラスの医療水準を持ちながら、赤字経営が続く、がん研究会という病院・研究所だった。
そこで石田氏は職員が参加する「合宿」を開催し、業務の問題点を洗い出した。合宿後、職員には変化が起き始めた。

1. 動き出した経営改革―全職員による改善活動
医師、研究者、技師、看護師、事務職など、職員を巻き込んだ合宿を実施してから、がん研内部の雰囲気は明らかに変わった。
湧き起こった全職員の改善活動
うれしいことに、合宿に参加した職員を中心に、チームが結成され、自発的な改善活動が広まったのだ。改革の機運が高まってきたため、理事会で採択された「中期経営計画―世界に誇れるがん研」の実現に結び付けるべく、約30人の幹部で構成する「経営改革会議」を発足させた。委員長の私と副委員長の病院長・研究所長の下に、全職員を職種ごとに10人程度から成る140のチームに編成し、それぞれのチェンジリーダー(変革の推進者)を中心に全員で改善テーマに取り組む体制とした。趣味のクラブ活動ではなく、仕事の一環であるため、リーダーシップのある職員を選び、正式に辞令も出した。
どのチームも自ら決めたテーマに熱心に取り組み改善活動を進め、1年後には各職場140チームの予選を勝ち抜いた18チームが全理事・幹部を含む600人の前で発表を繰り広げた。参加した職員は大講堂には入りきれず、複数の会議室でTV観戦するほどの大盛況となった。
発表テーマは広範囲にわたり、いずれも甲乙つけ難い高度な内容ばかりであった。医師や研究者たちの発表は素晴らしく、多数の看護師チームは質量ともに圧巻であった。その中で優勝したのは、「働きがいのある職場へ」のテーマで、職場の大幅な効率化と活性化を見事に実現した薬剤師チームであった。ニックネームはヒゲ部長のあだ名「スーパーマリオブラザーズ」で、部長以下全員参加の知恵と気迫がみなぎっていた。
他病院でも看護師を中心とした改善活動を行っているところはあるが、大勢の医師や研究者まで本格的に活動し、全組織を挙げて取り組んでいる病院は少ないようだ。この様子はがん研の経営改革の一環として、当時の「日経ビジネス」誌に写真入りで大きく掲載された。
幹部の全面支援が改善活動を後押し
病院全体で改善運動ができたのは、現場のトップの理解があったからこそだ。
「神の手」といわれる名医や国際的に著名な研究者など大先生方にも、活動に多くの助言や積極的な支援をしてもらった。医療実務に深く関わるにつれて、昼夜を問わず患者さんのために献身的に働く医師や看護師など職員の姿に頭が下がるばかりであった。強い奉仕の心がなければ決して務まらない仕事だと痛感した。
若いスタッフたちが忙しい業務の中、時間をひねり出し、改善活動に打ち込んでいる時に、上司から「そんな暇があるなら、言われたことを早くやれ」などと、心ない一言がボトムアップ活動を潰してしまうことは世間でよく見られる。
病院長、研究所長など幹部には、外部から来た者の提案にもかかわらず、最初の合宿の参観をはじめ、改善活動をよく理解し、快く受け入れてもらった。幹部の全面支援と指導なしにこれほどの発展は望むべくもなく、感謝の気持ちでいっぱいだ。

東京大学特任教授、東京都港湾振興協会会長、東京水上防災協会会長なども歴任。
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