企業や病院など、長年、赤字が続いた企業や組織の経営を次々と任され、全て立て直すという驚くべき手腕を発揮した経営者がいる。現在、JR貨物の相談役を務める石田忠正氏だ。石田氏は体験を重ねる中で、「業界や組織が違っても、経営の基本は同じだと確信した」と明かす。「全ては人。人の意識・意欲と知力が原動力だ」(石田氏)。

日本郵船を離れて、日本貨物航空(NCA)の社長を務め、同社の自立化を見届けた石田氏を待っていたのは、病院の再建という新しい挑戦だった。

(写真提供=がん研究会)
(写真提供=がん研究会)

1. 慢性赤字と脆弱な財務体質の理由を探る

 日本貨物航空(NCA)の自立化の仕事を終え、私が次に取り組んだのは、公益財団法人がん研究会(通称、がん研)の再建だった。

 がん研は110年以上の長い歴史を持ち、最新の施設・設備と医療体制を誇る国内最大のがん専門病院・研究所であるが、連続赤字に加え、粉飾決算まで起こしてしまった。このため、理事長に就任した草刈隆郎氏(元日本郵船会長)の要請を受け、私は2011年に理事長補佐・常務理事として着任し、共に経営再建にあたった。

所信表明で伝えた門外漢の素朴な疑問

 がん研には病院長、研究所長、名誉院長・名誉所長など多数の内部理事の他、電力・鉄鋼・化学・建設・商社など大手企業の会長・相談役や医大の学長・教授、医学界の長老など、錚々(そうそう)たる外部理事がそろっていた。

 就任初日、最初の理事会で所信表明を求められた私は概略次のように述べた。

 「私は医療については全くの門外漢につき、中に入ってしまう前に、外部の一般経営者の目にはがん研がどのように映るかをまずお話ししておきたい。がん研では500人を超す国内トップクラスの医師・研究者をはじめ、看護師や技師・事務職など1700人の全職員が献身的に働き、患者さんは常に列をなし、診療報酬は公定価格で他産業のような価格競争もない。そのような恵まれた環境の中での慢性赤字は、明らかにマネジメントの問題と思われます。
 製造業のような大量生産方式とは異なり、患者さんとの1対1を基本とする業務体制下では仕事の仕方や効率、生産性、人件費比率などが課題になります。職員一人ひとりは立派でも、組織として無駄が多く、機能していない可能性もあるかもしれません。赤字の常態化が人や機器などへの投資を阻み、職員を疲弊させ、医療や研究の発展を妨げ、収支の悪化を招くという、負の連鎖に陥っている、とも考えられます」

 こうした内容をSWOT(強み・弱み・機会・脅威)分析やバランススコアカードなど各種の経営手法を用いた図表で示した上で、「今話した内容は、内情を知らない素人の仮説であり、根拠は全くありません。大切なことは、専門家である皆さんがありのままの事実に基づき、一定の経営手法に沿って解析すれば、何が真の問題であるかが明らかになり、何をすべきかを見いだすことができる、ということです。問題を解く鍵は現場、人の手の中にあるはずです。まずは職員を集めた合宿を開催し、問題点と対策を集中的に討議の上、取りまとめたいと思います。多くの職員の知見とエネルギーを要するので、病院長、研究所長はじめ、幹部の皆さんの全面的な支援をいただきたい」そうお願いした。

 外部理事からは、「コスト管理ができていない」「収支の実態が非常に分かり難い」「研究資金が足りない」など多くの意見が出され、理事長以下、全理事の総意で、原因の解明と対策の樹立に万全を期すことが了承された。

石田 忠正・JR貨物相談役
(写真=北山宏一)
(写真=北山宏一)
熊本県出身、1968年慶応義塾大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。2004年副社長に就任。07年に日本貨物航空(NCA)社長に就任、11年から公益財団法人がん研究会理事長補佐、13年に日本貨物鉄道(JR貨物)会長に就任。20年から相談役。
東京大学特任教授、東京都港湾振興協会会長、東京水上防災協会会長なども歴任。

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