企業や病院など、長年、赤字が続いた企業や組織の経営を次々と任され、全て立て直すという驚くべき手腕を発揮した経営者がいる。現在、JR貨物の相談役を務める石田忠正氏だ。石田氏は体験を重ねる中で、「業界や組織が違っても、経営の基本は同じだと確信した」と明かす。「全ては人。人の意識・意欲と知力が原動力だ」(石田氏)。では、どうやって行く先々で社員の心に火をつけ、組織風土を変え、化学変化を引き起こし、黒字化を達成してきたのか。石田氏による連載第2回をお送りする。

(写真提供=日本貨物航空)
(写真提供=日本貨物航空)

1. 日本郵船による単独運営を実現するという命題

 今回は日本郵船(以下、郵船)の後、私が最初に経営再建に取り組んだ、日本貨物航空(NCA)での経験を基に、会社自立化のケースをご紹介したい。

(写真=北山宏一)
(写真=北山宏一)
石田 忠正・JR貨物相談役
熊本県出身、1968年慶応義塾大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。2004年副社長に就任。07年に日本貨物航空(NCA)社長に就任、11年から公益財団法人がん研究会理事長補佐、13年に日本貨物鉄道(JR貨物)会長に就任。20年から相談役。
東京大学特任教授、東京都港湾振興協会会長、東京水上防災協会会長なども歴任。

全日空からの全株買い取りと経営の自立化

 NCAは、日本の航空貨物市場の可能性に着目した全日空と郵船など海運4社により1978年に設立された。その後、株主を増やし、米国、欧州、アジアなどに就航するわが国唯一の貨物専用航空会社に成長した。創立30周年目前の2005年に至り、郵船が全ての株式を取得し、単独運営に移行することが合意された。

 直後の07年に私は郵船の副社長を退任し特別顧問のまま、NCAに社長として着任した。郵船からの出向社員約20人も一緒に移った。当時、NCAは約1000人の社員で、ボーイング747(通称、ジャンボ)14機を世界に飛ばしていたが、このジャンボよりさらに大型で開発途上のB747-8Fを14機発注していた。

 200人のパイロットの多くは全日空の社員であったが、前述したように郵船の単独運営化に伴い、2年ほどの期限内に原籍の全日空に復帰することが決まっていた。国内のパイロットは不足していたため、後任の大半を外国人に頼らざるを得ない。整備士なども大量の人員が必要であった。その間も世界最大級の新型機開発は順調に進んでいた。


社員と分かち合った世界最先端企業への夢

 私たち全員は、各職種別の大量採用と教育、研修、飛行訓練用のシミュレーター(模型操縦機)の導入、画面をぐるりと張り巡らせた運航センターの設営、大型格納庫の建設、新造機の受け取りなど、新規の航空会社を立ち上げるのと同様の作業に忙殺された。

 航空機は万一事故を起こせば大惨事になり得るため、安全が最重要事項であり、パイロット、整備士、機体、安全対策などへの国(国土交通省)の審査は厳格を極める。もし審査を通らねば、運航中の機体が全て止まってしまうのみならず、数千億円に及ぶ新型機発注の巨額投資が無駄になってしまう。万一そうなれば、NCAの存亡に関わるばかりか、親会社である郵船の屋台骨さえ揺るがしかねない。

 しかし、審査を無事通過し、計画通りに自立化を達成できれば、最新鋭の大型機をそろえた世界最先端の貨物航空会社に脱皮することができる。私はこの夢に熱い思いを抱く社員たちの姿に感銘を受け、目標達成の決意を新たにした。世界の現場には、共感した大勢のプロたちが各国から集まり、各部門とも寝食を忘れ、導入に向けて必死の努力を続けた。

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