企業や病院など、長年、赤字が続いた企業や組織の経営を次々と任され、全て立て直すという驚くべき手腕を発揮した経営者がいる。現在、JR貨物の相談役を務める石田忠正氏だ。
日本貨物航空(NCA)の自立化に道筋をつけた石田氏は、日本でもトップクラスの医療水準を持ちながら赤字経営が続いた、公益財団法人がん研究会という病院・研究所の再建に挑み、医師や看護師、職員らと共に取り組んで短期間に大幅な収支改善を果たした。さらにJR貨物では、長らく続いた貨物鉄道事業の赤字脱却をも果たした。
最終回となる今回は、石田氏からの日本再生に向けた5つの提言をお送りする。

この連載ではこれまで13回にわたり、経営者としての経験をふまえ、企業などの組織再建に必要な「人」の生かし方、風土改革、構造改革などについて書いてきた。これら一連の経営組織改革において、全ての基本は人である。トップの強いリーダーシップの下、組織が一体になって取り組めば、企業再建は必ず実現できる、と確信している。
日本の再生は国民全体に関わるテーマであり、30年もの長期低迷から脱却するのは容易ではない。産官学が連携し、挙国一致の態勢で取り組まねば回復はおぼつかない。政治や教育などあらゆる分野で、抜本的な新陳代謝が必要だ。経済面では、国力の源(みなもと)たる企業も今度こそ古い体質からの構造改革に本腰を入れ、衰退してきた経済力を再生させねばならない。これが全ての基盤である。
その上で、世界に期待される日本の外交力・リーダーシップをフルに発揮すれば、国際貿易の回復とともに、失われた30年からの脱却を実現し、世界の平和と発展に大きく貢献することさえできるはずだ。
最終回となる今回は、日本再生のために何が必要か、経営者の立場から下記の提言をお伝えしたい。
提言1 経済再生 国際競争で勝つための条件・制度整備
提言2 少子化対策 良質な労働力確保と外国人・外資の導入
提言3 産業革新 DX・イノベーション・物流改革推進
提言4 安全保障の強化 自国を守り、世界を守る
提言5 自由貿易の回復 世界の共栄と日本の役割
提言1 経済再生 国際競争で勝つための条件・制度整備
日本が抱える世界最大の財政赤字の改善は長期にわたる課題であるが、国民的議論に広がっており、政府の確固たる方針提示が望まれる。また異次元の金融緩和の見直しも積年の課題であるが、日銀の新総裁に決まった植田和男氏以下の手腕に期待したい。
低所得・低物価・低金利・低成長の負のスパイラルからの脱却は日本の長年の課題だった。そこに岸田文雄首相が「新しい資本主義」で、人への投資、起業、グリーン化の促進など多項目を掲げ、成長と分配の好循環に着手した。
特に、賃上げに関しては従来にない強い姿勢を示し、それが、労使、国民を巻き込み、賃上げから購買力増強と生産性向上へのシナリオがコンセンサスになりつつある。この機を逃してはならない。
賃金問題と併せて、新卒一括採用、終身雇用、年功序列賃金、定年制など、日本固有の雇用形態の見直しも避けて通れない。これら一連の雇用制度は高度経済成長時代の大量生産を支える上で重要な役割を果たしたが、内外の情勢が大きく変化し、しかも人口減少が進む今日では時代遅れになっている。また、世界でも稀有(けう)な制度のため、国際社会との整合がとれず、外国人の採用にも支障をきたしている。
旧制度の改定は企業内だけでは限界があるため、国を挙げての取り組みが必要である。これまで外部環境の変化で既に競争力や存在意義を失った産業を弱者救済の名目で温存してきた政府の方針を切り替え、競争力のある業種へシフトする産業構造の転換と労働力の流動化が喫緊の課題だ。それらを支援する各種制度の導入も不可欠である。
国内経済再建のためには地方の活性化も重要だ。新型コロナウイルス禍ではテレワークが定着し、地方で働くワーケーションも広まった。地方創生の動きも本格化してきた。地方創生法も担当大臣も生まれ、ヒト・モノ・カネの支援が始まり、各地域は農漁業、製造業、医療、観光など個性を生かした活性化を目指している。AI(人工知能)やIoT(あらゆるモノがネットにつながるIoT)を駆使したスマートシティーの創設にも着手している。コロナ禍で止まっていたインバウンドの復活が本格化すれば、地方にも大きな経済効果を生み出すはずだ。地方創生は全国の構造改革を引き起こし、埋もれる人材・資源・価値を呼び覚ます。日本再生の推進力にもなり得よう。

東京大学特任教授、東京都港湾振興協会会長、東京水上防災協会会長なども歴任。
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