企業や病院など、長年、赤字が続いた企業や組織の経営を次々と任され、全て立て直すという驚くべき手腕を発揮した経営者がいる。現在、JR貨物の相談役を務める石田忠正氏だ。

日本貨物航空(NCA)の自立化に道筋をつけた石田氏は、日本でもトップクラスの医療水準を持ちながら赤字経営が続いた、公益財団法人がん研究会という病院・研究所の再建に挑み、医師や看護師、職員らと共に取り組んで短期間に大幅な収支改善を果たした。さらにJR貨物では、長らく続いた貨物鉄道事業の赤字脱却をも果たした。

今回は、日本の経営者や幹部社員らリーダーに向けた、石田氏からのメッセージをお送りする。

(写真=PIXTA)
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1 日本経済の目を覆うばかりの凋落、その原因とは

 スイスのビジネススクール・国際経営開発研究所 (IMD)が昨年発表した「IMD世界競争力ランキング2022」で、日本は世界34位とまた一歩後退した。高度経済成長後にジャパン・アズ・ナンバーワンと称賛され、1990年前後にトップを独走していた日本はその後、凋落(ちょうらく)を続け、過去最低を更新している。調査の中身を見ると、対象の63カ国・地域の中で最下位かそれに近い項目は、

 企業の意思決定の迅速性、機会と脅威への素早い対応、企業の効率性、起業家精神、賃金上昇率、デジタル化、文化の開放性、語学力、留学者数、管理職の国際経験、女性議員数

 などであり、多方面における日本の後進性が如実に示されている。中でも、経営力の劣位は深刻である。その他の項目を見ても、生産性、経済成長率、賃金水準などに加え、国民の幸福度までも先進国中の最下位に落ち込んでしまった。極めて由々しき事態である。

 日本の衰退の背景には、中国の台頭、米国のIT(情報技術)産業の躍進、世界のイノベーションの急速な発展など、外部環境の激変がある。一方、国内においては、企業の海外流出と国内の空洞化、企業体質変革の遅れ、対内投資の縮小、経済低迷と財政逼迫の負の連鎖、政府の非効率性、学校教育方針の迷走、大学の国際的地位の低下、科学者・技術者の海外流出、突出した少子高齢化など、多くの問題を抱えている。この間、経済情勢はバブル経済の崩壊、ITバブルの崩壊、リーマン・ショック、低成長の深刻化など、大きく変質した。

2 日本再生のメインエンジンは企業の競争力

 このように、内外に大きな変化が起きる中、主要国中で日本が際立って凋落の一途をたどったのは、産官学ともに、30年もの長きにわたり対策を怠ってきたからである。同じ国際環境の中でも、中国やアジア諸国は躍進を続け、米国はITなど新領域への転身を果たし、EU(欧州連合)は英国の離脱などに直面しながらも質量ともに存在感を増してきた。

「変われない文化」乗り越え、構造改革に拍車を

 日本経済衰退の根本はメインエンジンたる企業の競争力喪失にあり、その主たる原因は激変する環境への対応力の欠如であることは明白だ。その根っこには日本の「変われない文化」がある。

 内向き、縦割り、上意下達、前例踏襲、完璧主義、減点主義、ムラ社会、若造扱い、女性蔑視、外国人排斥――など、職場風土、企業文化と呼ばれる「集団規範」が人々を律している。どこにも書いてないが、誰もが心の中で思っている空気のような気配が組織の中の人の行動を支配しているのだ。

 子供の頃から、人と同じことをするよう、違うことをしないよう育てられ、就職すれば一律の新人教育を受け、それをまた後輩たちに引き継ぎ、終身雇用制度の中で十年一日のごとく過ごし、それを繰り返していく。決まったことを確実に実行し失敗しない人が出世し、トップに立つ組織。誰もが手を抜いているわけではないが、こうした組織の中では新しい発想は生まれないし、発信されることもなく、変化への行動は起こらない。

 また、全員が社内の閉ざされた組織の中にいるため、壁の外で起こっていること、ましてや世界の変化には気づかない、動かない。日本企業の多くは仕事の仕方も従来のまま、競争力を失った業種にしがみつき、構造改革に踏み切れず、イノベーションも生まれない。

「安い国」に成り下がってしまっていないか

 社外も子会社、下請けを垂直型で囲い込み、同じ精神風土の中に閉じ籠もる。競合他社も旧弊から転換できず、互いに利益なき過当競争に疲弊する。会社間の商習慣も、欧米式の対等でドライな契約関係ではなく、従属的でウエットな日本独特の人間関係が強く、需給逼迫の中でさえ値上げも言い出せず、価格は上がらない。川上から川下まで同じ流れで、価格転嫁が進まず、誰もが利益を出せない。

 利益が出ないから賃金が上がらない。人手不足の中でさえ、社内の賃上げ要求は抑圧される。所得が伸びず、購買力が上がらないから、販売量も価格も伸びず、利益が出ない。こうした悪循環を繰り返し、国全体が閉塞状態に覆われてきた。日本には封建社会の身分制度がまだ残っているかのようだ。相次ぐ大企業の不祥事も病根は閉ざされた組織風土の中に見いだされる。

 最近では、経済力の低下が円安を招き、今や日本は「安い国」に成り下がってしまった。

石田 忠正・JR貨物相談役
(写真=北山宏一)
(写真=北山宏一)
熊本県出身、1968年慶応義塾大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。2004年副社長に就任。07年に日本貨物航空(NCA)社長に就任、11年から公益財団法人がん研究会理事長補佐、13年に日本貨物鉄道(JR貨物)会長に就任。20年から相談役。
東京大学特任教授、東京都港湾振興協会会長、東京水上防災協会会長なども歴任。

次ページ 3 企業のトップが世界水準を目指さねば何も変わらない変われない企業は生き残れない 企業は常に顧客に選ばれ続け、利益を上げて雇用を質量ともに拡充し、株主に報い、社会を豊かにしなければ存在意義はない。それを実現するために、自ら変わり続けねばならない運命にあるのだ。 各企業の底流にある古い組織風土を壊さない限り何も変わらない。抜本的改革に取り組む第1歩はトップの強い意思表明である。