企業や病院など、長年、赤字が続いた企業や組織の経営を次々と任され、全て立て直すという驚くべき手腕を発揮した経営者がいる。現在、JR貨物の相談役を務める石田忠正氏だ。
日本貨物航空(NCA)の自立化に道筋をつけた石田氏は、日本でもトップクラスの医療水準を持ちながら赤字経営が続いた、公益財団法人がん研究会という病院・研究所の再建に挑み、医師や看護師、職員らと共に取り組んで短期間に大幅な収支改善を果たした。さらにJR貨物では、長らく続いた貨物鉄道事業の赤字脱却をも果たした。
そんな石田氏の原点は日本郵船での体験の蓄積にある。今回は1990年代以降から現在までの海運業界の大激変を振り返る。一気にグローバル化が進み、国際競争と業界再編が起きる中で石田氏は何を学び、幹部としてどのように組織を捉えたのか。
1 経営戦略を磨くには、歴史的・国際的展開を見定める目を育てること
日本企業は内向きといわれるが、特に最近の若者はその傾向が強いようだ。だが、ビジネスパーソンは世界情勢や関連産業の状況をつかみながら、自分なりのビジョンを持って目の前の仕事に取り組むことが重要だ。
また現在の状況だけでなく、歴史的な変遷を知って未来の方向性を予測することや、自社や自国だけでなく、海外の動きなどを見極める、簡単に言うと、タテ・ヨコ・タカサの幅広い視点を持つ目を育てていただきたい。
海運に見る中国の台頭と日本の凋落
1つの産業における栄枯盛衰を見ていくと、各国の勢力や戦略を通して、伸びる企業の特徴も見えてくる。
1990年代の日本は高度経済成長期を経て、アジアシフトによる産業の空洞化が進み、中国の台頭が顕著になった。これをコンテナ貨物量の変遷で見ると愕(がく)然とする。アジアから北米・欧州向けの全輸出量のうち、中国から出る貨物の割合は80年代には1割程度であったが、年々急増を続け近年では7割にも達した。
一方、日本の輸出量は80年代は3割を占め首位だったが、現在はわずか2~3%のレベルへと大きく衰退した。この変化は国際港湾の取扱量にも表れている。70年代には神戸がニューヨークに次ぐ世界の2位、横浜、東京なども上位に位置していたが、現在は世界の港湾トップ10のうち、中国の港が上海を筆頭に7港を占めている。日本は東京が46位、横浜72位、神戸が73位などと大幅に凋(ちょう)落した。
こうした中国の急速な発展は、今日の貿易、及び安全保障両面における西側諸国との対立の構図を生み出す根源となった。
国際競争の激化、再編で、日本の定期船会社が激減、ついに1社に
この間、国際海運の勢力図も激変した。自由競争の旗を振った米国では、コンテナ船を始めた船社や太平洋の王者と呼ばれた米国の代表的な船社が次々と海外の新興船社に買収され、太平洋航路で最大の船社は中国の国営海運となった。かつて世界に君臨した欧州勢の老舗船社もほとんどが姿を消した。
日本の定期船会社もかつての12社から6社に集約され、さらに日本郵船、商船三井、川崎汽船の3社になり、コンテナ船部門は2017年に、この3社で設立したOcean Network Express(通称、ONE)という1社に統合された。全てグローバル化による熾(し)烈な競争の結果であるが、全産業における先駆的な事例となった。
これら直近の歴史的事実から明らかになったことは、国際競争下においては、将来の大きな方向性を見定めた上で、
- ①いかに品質を高めるか、そしてコストを抑えるか
- ②最新の情報システムや技術の導入
- ③有利な資本の確保
- ④戦略的パートナーの確保


2 海外勤務で知った、日本にない優れた働き方
このような環境激変の中、私はコンテナ船の責任者として、日本から急成長を続けるアジアへの業務移管、世界航路網の再編成、及び船社間アライアンス(企業連合)の再構築などに取り組んだ。結局、1990年代末、多数の社員と共に東京からシンガポールに移転し、アジア本社を構築することとなった。
日本郵船アジアの会長としてシンガポールに赴任すると、そこは世界の多国籍企業が終結する、アジアの新しい中心地であった。当社も多くの航路を集約するため世界からスタッフを集め、12カ国の多国籍社員から成る大拠点に変貌した。担当地域はイラン、インドから、南アジア、中国、韓国まで30数カ国にわたった。これほど広範囲の全てを掌握することはとてもできない。アジア各国の社長と相談の上、権限と責任を各国に委譲し、利益額を指標とする目標管理を導入することとした。
シンガポールで教えられた納得の「SMART」ルール
その目標設定の議論の中で、シンガポール人の役員から教えられたのが、「SMART」ルールである。全体・部門・個人を問わず、目標設定は「SMART」でなければならないというのだ。すなわち、目標は、Specific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(達成可能)、Related(共感できる)、Timebounded(期限付き)でなければならない。全て数字で証明されねばならない。日本式の単なる「頑張ります」やどんぶり勘定では駄目なのだ。各国はアジアの急成長の追い風の中、チームをつくりポスターを掲げて運動を盛り上げ、中間発表会を繰り返した末、ついに目標を突き抜けた。燃え盛るアジアの勢いそのものであった。
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