企業や病院など、長年、赤字が続いた企業や組織の経営を次々と任され、全て立て直すという驚くべき手腕を発揮した経営者がいる。現在、JR貨物の相談役を務める石田忠正氏だ。
日本貨物航空(NCA)の自立化に道筋をつけた石田氏は、日本でもトップクラスの医療水準を持ちながら、赤字経営が続いた公益財団法人がん研究会という病院・研究所の再建に挑み、医師や看護師、職員らと共に取り組んで短期間に大幅な収支改善を果たした。さらにJR貨物では、長らく続いた貨物鉄道事業の赤字脱却をも果たした。
そんな石田氏の原点は日本郵船での勤務にある。140年近い歴史を持つ同社は、国際競争を生き抜き、昨年度は1兆円を超す最高益を達成している。強い体質を持つ日本郵船で、石田氏はどのように過ごし、ビジネスマンとしての基礎を磨いたのか。

1 人を育てる経営の在り方を考える
残すべき日本型経営の持つ強み
これまで3つの異なる組織での再建について書いてきたが、今回は、私の原点であり、40年にわたり勤務した日本郵船での経験から得た学びについてご紹介したい。現場社員時代の折々の経験は、読者の方には、昭和の日本型経営の古い話に映るかもしれない。
外部環境が激変する中、衰退を続ける日本企業の大改革が必要であることは間違いないが、日本的経営が持つ「強み」には、今なお生かすべき点も少なくない。変えるべきは変え、生かすべきは生かす方向で、経営を再構築することが企業再建、ひいては日本再生に向けての大きな課題となるであろう。
幾多の戦争を生き抜いた船会社
現在の日本郵船が誕生したのは1885年。岩崎弥太郎が70年に立ち上げた海上輸送会社と、渋沢栄一などが創設したライバル海運がし烈な競争の末、合併を果たした。その後、日清、日露、第1次世界大戦を経て世界3位の海運会社として、国際的に名を知られる数少ない日本企業に成長した。第2次世界大戦の敗北で船隊のほとんどを失う壊滅的な被害を受け、ゼロからの再出発となったが、戦後は経済復興とともに急回復を遂げた。
私が日本郵船に入社した1968年(昭和43年)は明治100年の節目にあたり、日本のGDP(国内総生産)が世界2位に躍進した年でもあった。ちょうど高度成長の真っただ中、この年、日本最初のコンテナ船「箱根丸」が北米西岸航路に就航した。輸送革命の到来と注目を集め、その後の国際物流、サプライチェーン(供給網)発展の草分けとなった。
環境の変化を自覚することで新陳代謝
以来、約40年間、同社に勤務したが、時代が激変する中、異動や転勤の連続で、どこへ行ってもゼロからのスタートであった。新入社員時代から退任まで、勤務地に関わりなく続けたのは、毎朝の日課、すなわち、前夜、地球の向こう側で起こったことの把握である。大きな政治・経済情勢から担当業務の出来事まで、外部環境の変化を知ることが日常業務のスタート、大前提であった。この習慣は全社に浸透しており、世界中の社員が毎日、環境の変化に機敏・柔軟に対応していた。会社が日々、中から変わり、新陳代謝を繰り返していたのだ。
独身寮の暮らしが育んだ連帯感と愛社精神
新入社員として本社の調査室で国際貿易や海上運賃の調査を担当した後、大阪支店に転勤となり、輸入貨物の営業を担当した。
世界に張り巡らされた定期航路の詳細と船舶の動静を熟知していなければならない。先輩たちは海外の輸入元も含め、内外のあらゆる顧客にてきぱきと対応し、契約を増やしていく。2人の上司が続いて転勤になり、入社3年で後任となった私は不安だったが、貿易や商品についてはお客様に教えてもらい、親しくなった。英会話の学校にも通い始め、電車の中など時間を見つけて勉強した。徐々に商売にも慣れ、新航路開拓や1隻丸ごとの契約も獲得できるようになった。
責任と権限を持たせることの意味
自分でやるしかない環境に置かれたことはありがたいことで、言われなくても自ら考え、行動するようになった。責任と権限を持つことは、特に若い人にとって成長への大切なきっかけとなるであろう。
独身寮では50人もの若者が寝食を共にし、退社後はすぐに淀川にボートの練習に行き、居酒屋で飲み、翌朝はサッカーの練習で6時に起こされる日々であった。それぞれが本社や内外地に散り、キャリアパスを積んだが、その後の仕事を進める上で互いに助けとなり、生涯の友人ともなった。当時は毎日の仕事が面白くて仕方がなかった。
今も銀行、商社をはじめ、社員寮を用意している企業は多い。束縛を嫌う人もいるかもしれないが、ここで形成された人間関係は社内で業務を進める上でも貴重な土台となった。これまで再建について述べた回でも、経営の根幹は「人」とその集合体たる「組織」であると説いてきたが、連帯感の醸成は各自の自信と組織へのロイヤルティー(忠誠心)を培い、企業発展の原動力ともなり得る。この点はぜひとも残したい日本の強みだ。
もちろん、連帯感も内向きや思い込みであれば、誤った方向に進むこともあろう。できるだけ外の風に触れ、中途採用など外部の力を入れることで、組織は活性化し強くなる。連帯感の中で培うべきは、互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、自由闊達に議論し合える風土である。失敗を恐れずやるべきことをやる、ビジネスパーソンとしての自覚と情熱、責任感である。


東京大学特任教授、東京都港湾振興協会会長、東京水上防災協会会長なども歴任。
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