ものづくり信仰が日本を迷わせた

そもそも90年代に無形資産が重要になった経緯を教えてください。

伊藤氏:米国では有形資産投資率が下がり、無形資産投資率は上がって1993年に交差しました。僕は日本側から見て「1993年問題」と呼んでいます。米国はそれ以降、無形資産投資の方がずっと増えている。この1993年というのは、アル・ゴア米副大統領(当時)がスーパー情報ハイウエー構想を公表した年です。この5年後に米グーグル(現アルファベット)が生まれました。そこで実は勝負が決まってしまったところがあります。

 日本はバブルがはじけて失われた10年になりました。この間に米国は有形資産投資がどんどん少なくなって、無形資産投資はどんどん増えていって、今の結果なのです。

 かつては時価総額で世界の上位30社中に日本は20社ありましたが、もう今やトヨタ自動車だって入れるかどうかという状況です。何が企業価値を決めているのかということに意識が回っている国と、回らなかった国の差がずいぶん大きくついてしまいました。

 僕の仮説は、日本は「ものづくり」が好きでしょう。直感的にはものづくりというと有形資産投資という発想が強かったと思います。本当は違います。米テスラはものづくりをやっていますが、彼らは有形資産投資とは思っていません。イーロン・マスク氏は、うちの強みはマニュファクチャリングだと言っていますが、彼らの言うマニュファクチャリングは、日本でいうものづくりとは違います。米スタンフォード大や米マサチューセッツ工科大学(MIT)のエンジニアリングスクールのトップ10に入る優秀者がテスラに入社して、システム構築したりするわけです。「ものづくり」という言葉が日本をずいぶん迷わせてしまったのではないでしょうか。

 だからこそ、無形資産のど真ん中にもっともっと本気で投資しないといけません。研究開発投資と人材開発投資、つまり人的資本投資を同じぐらいに位置付けないとならないでしょう。研究開発の方は売上高の3~5%とよく言いますが、売上高の3%を人的資本に投資しようなんて、これまではあまり聞いたことがありません。

(写真:北山宏一)
(写真:北山宏一)

 どのKPIを使うかというのはすごく戦略的な意思決定で、自社にフィットしたものを選ばないといけません。投資家目線でいうと、役員報酬スキームです。人的資本投資が大事と一方で言っていて、役員報酬に何らかの関連KPIが入っていないとキョトンとしてしまう。KPI選びに人的資本に関するKPIが切り離されていると、極めて説得力がない。ソニーグループは社員のエンゲージメント率を役員報酬のKPIに入れています。「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」と言っているのに、社員のエンゲージメントが低かったら感動で満たせるわけがない。つまりパーパスと人材に対する見方と、役員報酬におけるKPIが連動しているのです。強靱性というのはこういうことです。

 本当にリアリスティックにやるべきだと思うのは、DX、あるいはHR(人材)テクノロジーと言ってもいいですが、これも絡めないといけません。例えば、パーパスで対話を奨励している会社が増えてきましたが、経営者も人事もすべてを見にいくことはできません。そこでテクノロジーを活用し、許可を得た上で上司と部下との対話の場面をビデオで撮影し、対話をビッグデータ化する。そうすれば、よい対話とよくない対話のアルゴリズムができるでしょう。そういう可視化までの情報を開示できるかどうか。そこまでいけば投資家としては結構「なるほど」と納得するでしょう。

 企業文化に関しても、昔でいうとサンキューカード、今はネットを使って、誰々さんのあの行動いいねといってトークンを何ポイントとかつけるツールがあります。今日はありがとうと言って、ポイントをあげる。すると、今まで批判をしていた企業文化が称賛の文化に変わっていく、というようなツールです。そういった可視化が大事です。女性管理職比率も大事だけど、それだけで止まると困ります。社員と社員の関係値を、見える化できることがこれからのポイントです。

 紋切り型で情報開示しても納得感は出ないし、感動ももちろん起こらない。そこにDXをどう組み合わせるかがすごく大事になります。まさに、非財務情報も深く可視化するプロセスをたどっています。TCFDも、デジタルガバナンスコードも、みんな実はそういう方向です。直近では、伊藤レポート3.0でSX(サステナビリティー・トランスフォーメーション)をテーマにしています。この意味では、日本はきちんと進んできています。あとは経営者、会社、あるいは社員が一体となってそれを本当に実践していけばいい。僕は悲観していません。

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