座長として意識したことは何でしょうか。

伊藤氏:今までの人事人材戦略とは違う新機軸を入れたいと思いました。やはりコーポレートガバナンス、企業価値、資本市場の文脈を入れて、資本市場の力を借りてこの流れをつくりたい気持ちがあり、投資家に委員として入ってもらうのが大事だということで、あの座組になりました。伊藤レポートもそうでしたが、資本市場ともっと向き合わないと企業価値は高まりません。人的資本の開示だといっても、投資家が理解できない、投資家にアピールできないようなものだと全然パンチがないわけです。

上場非上場、企業規模の大小は関係ない

投資家目線だと上場企業に限定されてしまいませんか。

伊藤氏:そこは意識しています。上場非上場、企業規模の大小は関係ありません。その会社に入って自分の価値を伸ばしたい人がどのぐらい来てくれるか、という競争です。上場でも非上場でも、人材版伊藤レポートに書いたことを実践してほしい。我々も事務局もすごく意識していました。一番上の会社でなく、今まであまり取り組めていなかった企業に、指針となるようなものを出したいという思いがありました。 

(写真:北山宏一)
(写真:北山宏一)

 ネームバリューがあり上場しているから来てくれるでしょうと、極めて楽観主義だったのが今までの雇用スタイルであり、メンバーシップ型雇用でした。それがいろいろなところでほころびがあらわになっている。これからは人材獲得競争です。ジョブ型で出来上がった人材だけ採用すればいいわけではなくて、入ってから本当に戦略的にリスキルの機会を会社が提供するようにしないと、人は来てくれません。

 学び直しとリスキルは違います。リスキルには会社の戦略的意思が入ります。例えば、もっとメタバースを事業としてやりたいのであれば、社員にメタバースを理解する機会を本当に与えないと、いくらメタバースが大事だといっても全然進みません。中堅中小企業の方がリスキルに熱心であれば、人材がそちらに行く可能性もあるわけです。実は競争条件は同じで、上場非上場関係なく人材獲得競争、人的資本の獲得競争が繰り広げられていくでしょう。

経営戦略と人材戦略を連動させる

例えばどう取り組めばよいのでしょうか。

伊藤氏:一番強調しているのは、人材版伊藤レポートの3つのパースペクティブ(視点)の一番上に挙げている、「経営戦略と人材戦略が連動しているか」という点です。立派な経営戦略をつくっても実行が大事。立派な経営戦略は全体の3割くらいで、7割は実行力だといわれてきたはずです。実行力を誰が担うかといえば、人材です。つまり、企業の企業価値創造能力を見るには、経営戦略だけ見ていては駄目で、それに合う人材をマッチングできているかというのを、少なくとも投資家は見たいのです。

 今までは人材に関する情報開示はあまりなかった。「こんな研修をやっています」ぐらい。それでも投資家は将来キャッシュフローを予測していましたが、僕に言わせるとミッシングリンク(間隙)があったということです。本来、戦略ビジネスモデルがあってそれを担う人材についての情報があって、会社の経営戦略と人材が相当程度一致していますね、マッチングしていますね、であればこれだけのキャッシュを中期経営計画で生めますね、という流れでバリュエーション(投資尺度)を算出・予想するものなのでしょう。日本企業で人材が優秀であれば、ミッシングリンクを埋める開示によって投資家によるバリュエーションを引き上げることができるのではないでしょうか。戦略だけでなく実行力が大事という当たり前のことを「やっていますよ」では駄目だから、情報開示や投資家との対話の中できちんと経営者や最高人事責任者が語ってくださいというのが趣旨です。

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