経営情報の「可視化」はヒトに関わる分野にも及ぶ。政府は上場企業に、非財務情報として「人的資本」の開示を義務付ける方針だ。内閣官房がまとめた指針の作成に関わった一橋大学CFO教育研究センターの伊藤邦雄センター長に聞いた。

伊藤 邦雄(いとう・くにお)
伊藤 邦雄(いとう・くにお)
専門は会計学・ファイナンスやコーポレートガバナンス論、企業価値経営論など。一橋大学大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長を歴任。2014年に経済産業省のプロジェクトで、ROE(自己資本利益率)は8%超が望ましいとした、いわゆる「伊藤レポート」を公表した。セブン&アイ・ホールディングス、東レ、小林製薬などの社外取締役も務める(写真:北山 宏一)

8月末に内閣官房の「非財務情報可視化研究会」で人的資本開示についての指針を公表しました。どんな経緯だったのでしょうか。

伊藤邦雄一橋大学CFO教育研究センター長(以下、伊藤氏):僕自身は(研究対象として)企業価値にずっとフォーカスを当ててきました。企業はやはり価値を創造しなくてはいけません。2014年の伊藤レポートも、企業価値を持続的に高めましょうというのがテーマでした。

企業価値の決定ドライバーが有形資産から無形資産にシフト

 世界的に見れば1990年代以降、企業価値の決定ドライバーが有形資産から無形資産にシフトしています。日本は90年代以降にバブルがはじけたため無形資産の議論がそんなに盛り上がりませんでした。僕自身は2000年3月に「コーポレートブランド経営」という本を書いています。そこで、企業価値の決定因子である無形資産にはいろいろあるが、まずは企業ブランドに焦点を当てようといって、企業ブランドの評価をするモデル(コーポレートブランドバリュエーター)をつくりました。

 でも、無形資産にはもっとど真ん中のものがあって、それはDX(デジタルトランスフォーメーション)やデジタルを使い切る能力そのもの、つまりそれは人材でしょう。直接的には岸田文雄総理が21年12月に記者会見で非財務情報の可視化ルールをつくるとおっしゃったことで非財務情報可視化研究会が出来ましたが、前段として20年に人材版伊藤レポートを経産省から出し、21年6月の(東証の)コーポレートガバナンス・コードの改訂では人的市場への投資と開示が入り、22年5月には「人材版伊藤レポート2.0」を出していました。

 ただ、多少心配な部分があります。それは、企業が本質をまだ十分に理解していないでラベルだけ変えていないかどうかという点です。今まで多くの企業は「人的資源」と言っていました。日本企業は、人材を管理の対象として、員数や塊で見てきました。どういう能力のどういう人が欲しいかではなくて、塊として、一番管理しやすい効率性を求めてきたのです。効率性を求めると、一律一斉の対応になってしまいます。 

 人材というのは、いい環境に置いてあげれば価値を高める半面、上司も含めて野放図に放置してしまうと縮んでしまう。つまり価値が伸び縮みする資本と言えるのではないかということです。効率化の対象でもコストでもありません。価値が伸びる方にお金を振り向けてあげる、投資してあげることで人材の価値を高めるのが大事で、それが人的資本投資だということです。そういう発想の転換をしたのです。

 また、政府の会議では、日本は資源がない国で、人材投資をして人的資本の価値を最大化することがこの国にとって今一番大事じゃないですかとも言いました。

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