米ウォルマートは、エネルギー使用量削減のためにトラックの設計を変更した(写真=George Frey / Getty Images)
米ウォルマートは、エネルギー使用量削減のためにトラックの設計を変更した(写真=George Frey / Getty Images)

 資本主義が我々にもたらすものは繁栄か、脅威か? 近著『資本主義の再構築:公正で持続可能な世界をどう実現するか』(日本経済新聞出版)を基に、米ハーバード大学のレベッカ・ヘンダーソン教授が寄稿で考察した。本稿はその後編。前編はこちら

 米ウォルマート、米テスラ、英ユニリーバ、とすでに行動を起こしている大企業もある。企業には果たすべき大きな役割がある。

 政府の行動を待つのは災いの元だ。企業は間違いなく地球上で最も強力な組織である。企業だけが今日の環境問題を解決するために必要な規模のイノベーションを推進し、健全な生活の基盤となる雇用を創出することができる。

企業には社会問題を解決する経済的な理由がある

 企業には社会問題を解決するべき経済的理由がある。気候が安定し、海岸が水没せず、飢饉(ききん)が起こらない世界では、お金もうけもはるかに容易になるからだ。それだけでなく、企業は貧困や不平等が縮小した世界から利益が得られる。

 不平等と貧困を縮小した社会は、教育と資本へのアクセスを向上させ、最低賃金法、参入障壁の低下、労働組合などの複合的な効果により、比較的高い賃金を維持しながら税収を利用して誰も大きく取り残されないようにすることができる。

 歴史上、多くの企業がこの種の施策に反対してきた。東インド会社は法的に確立された独占企業であり、その立場を維持するため100年近くにわたり英国の政治を腐敗させた。一方で、増税や労働組合の強化、社会支出の増加などを積極的に主張する企業はほとんどない。だが、より公正で平等な社会では、企業全体がより良くなることを示す証拠がある。

 腐敗した政商がはびこる国が素早く成長し、個々の企業レベルではうまくいくこともある。例えばナイジェリアでは、2006年から15年の間に、石油利権に便宜を図った政府が、年平均7.6%の国内総生産(GDP)成長率を記録した。同様に、宗教的・政治的自由を厳しく抑圧したトルクメニスタンは11%の成長率を記録した。

 このように、経済力の弱い国では、小さな改革で大きな潜在力を引き出すことができるが、縁故体制の下での成長は非常に不安定で、経済が世界の生産性フロンティアに近づくとしばしば失速する。

 真に開かれた市場、確立された財産権、言論および報道の自由は、新規参入や価値創造をともなうイノベーションのためのより強力な基盤を提供する。教育と医療へのアクセスは、才能を掘り起こし、強力な内需を生み出すことで、この好循環を加速させる。包摂的な制度を持つ国の1人当たりGDPは歴史的に見ても排除的な制度を持つ国よりもはるかに高く、その差は時間の経過とともに拡大している。

 経済が社会問題を解決する道は単純である。だが、これは経済の総体的で根本的なレベルでのみ機能する。そのため、先見性と自信に満ちた経営者以外はこうした行動はとらないと思われるかもしれない。

 では、企業がこれらのインセンティブに反応し、変化し、投資家に対する責任を果たすには、どのような現実的方法があるだろうか。これらの行動を積み重ねることで真の変化は生まれるだろうか。

 共有価値、すなわち私的利益と公的利益の同時創出へ向けた動きは、重要な最初のステップだ。共有価値を創造する機会が広く存在する証拠は数多くある。米ウォルマートは、エネルギー使用量削減のためにトラックの設計を変更して、年間約10億ドルを節約した。また、ある代替食肉会社は最近、過去20年間で最も成功したといわれる2億ドル超の新規株式公開(IPO)を達成した。

米テスラが目指す「最も価値ある会社」

 米テスラは、世界で最も価値のある自動車会社になるための道を順調に歩んでいる。高賃金の仕事をつくり、従業員を尊厳と尊敬をもって扱い、自分の仕事をつくる大きな裁量権を与え、集団の目的意識を構築する王道の雇用戦略を採用する企業は、その戦略が大きな経済価値を生み出すことを繰り返し発見してきた。

 このような活動は、ときには「グリーンウォッシュ(見せかけの環境対策)」とやゆされ、小規模・局所的で実質的な影響力はないと見なされることもあった。しかし、こうした活動がより広範な変化をもたらすこともある。企業が、社会問題を解決できることを証明し、技術の習得を促し、新しいビジネスモデルが実現可能であることを示し、新規参入者が利用できるネットワークの発展を支援するのである。

英ユニリーバも先導

 まず、太陽光発電や風力発電は数十億ドル規模のビジネスとなり、世界の多くの地域で、再生可能エネルギーは従来の化石燃料よりも安価に利用できるようになった。世界の脱炭素には依然として障壁があるとはいえ、適切な規制さえあれば合理的なコストで実現できるようになった。10年前にはこれらは明白ではなく、企業の積極的な参加なしには、ここまで前進することはできなかった。

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