ダイナミック・ケイパビリティとアジャイルが必要だ(写真=PIXTA)
ダイナミック・ケイパビリティとアジャイルが必要だ(写真=PIXTA)

予測が難しいデジタル技術の未来に進むうえで、注意深い企業は自社の周辺で起きていることに着目し、組織としての用心深さを高めることで適切なタイミングに行動できるよう準備し、他社と差をつけている。

この記事では、米ペンシルべニア大学ウォートン校で教壇に立つジョージ・S・デイ氏とポール・シューメーカー氏が、組織の用心深さの基盤となる3つの原則を提示した。とりわけ米アドビの経営陣による3原則の効果的な活用事例に光を当て、経営判断に必要な心構えを探る。

 ほとんどの経営陣が時に、捉えられた、あるいは捉えるべきであった重大な兆候を見逃してしまうことがある。これまでは、このような兆候を見過ごしてしまったとしても、進展が緩やかだったため、反応の良い組織なら再編して対応することができた*1

 しかし、現在のような不安定で変動的な状況では、不確実性に対応するためより迅速で熟達したマネジメントが必要だ。ビジネスモデルの変革がしばしば求められる一方、反応が遅い場合、大きなペナルティーを与えることも必要になる。

 このような容赦ない変化に富んだ世界をうまく進むには、企業は脅威とチャンスをこれまで以上に素早く見極めて行動に移せるよう、用心深さ(ビジランス)を高めなければならない*2。用心深さは、一人ひとりが注意力を高めるだけでなく、集団としての好奇心や素直さ、長期戦を戦っていこうという、会社全体で醸成すべき考え方を持つのが特徴だ。

 用心深さによって、企業は脅威を予見したり、ライバルよりも早く機会を認識したりすることで、良いタイミングで行動を取れるようになる。用心深い組織は、市場探索と試行錯誤をうまく活用し、新たな市場や技術を見つけるための小さな賭けをする。

 こうした試みによって、企業は必要に応じて振り出しに戻したり、拡大したりを容易にできるような柔軟な選択肢を準備することができ、見通しがクリアになったときにいち早くスタートを切れる。このレベルの柔軟性がなければ、企業は過去の出来事にしか反応できず、かじ取りの自由度の多くを失ってしまう。

米アドビ、デジタル技術への賭け

 米アドビの画像編集ソフト「フォトショップ」は、2009年時点で「フォトショップする」のように動詞として使われるほどに広く知られており、同社は米ゼロックスや米グーグルのような数少ないエリート企業群に属していた。ところが、アドビの成長見通しは依然として低調だった。スマートフォンが普及したことで、誰でもフォトエディターになれるような世の中になってしまった。

 クラウドコンピューティングのストレージにかかるコストは、年率40~50%と急速に下落することが予測されていた。まもなくアドビは、米グーグルや米オラクル、米IBM、米マイクロソフトといった潤沢な資源を持った競合他社が、この新しいデジタル技術(クラウド)を使って自社の主力市場に参入するだろうという脅威をはっきりと認識するようになった。

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