世間が思うほどラクではないアトツギ=中小企業の承継予定者の世界。一般社団法人ベンチャー型事業承継(東京・千代田)代表理事の山野千枝氏は「家業が持つ有形無形の経営資源を活用し、アトツギが自身の強みやスキルを掛け算して新たな領域に展開すること」を「ベンチャー型事業承継」と定義。30代までのアトツギを対象に、新規事業の開発や業務改善を推進していくための環境整備を行ってきた。山野氏がこれまでの経験を踏まえながら、アトツギの今あるべき姿=シン・アトツギを考察していく。

 私が同族承継の強さやポテンシャルに着目し始めたのは12年前のことです。当時は、同族承継について「保守的でイノベーションが起こらない世界」という、根拠のないイメージがまん延していました。そんな中、常に持ち歩いていたのが、同族企業の経済合理性について記した早稲田大学の入山章栄教授の記事でした。

 入山先生にはその後、私が代表理事を務める一般社団法人ベンチャー型事業承継で顧問に就任いただき、さまざまな局面でご協力いただいています。連載の1回目では入山先生に、アトツギならではの知の探索の在り方について聞きます。

早稲田大学の入山章栄教授(左)といっしょに撮影
早稲田大学の入山章栄教授(左)といっしょに撮影

山野:入山先生はアトツギには「知の探索」が欠かせないと主張されています。そもそもこれはどんなことを指すのでしょうか。

入山章栄氏(以下、入山氏):人間の認知には限界があり、ただ放っておくだけでは新しい知が生まれません。なるべく自分から離れた遠くの知を、幅広くたくさん見ることが重要です。これが知の探索で、イノベーションを起こす仕組みの1つです。

 イノベーションの仕組みにはもう1つあり、それが「知の深化」です。これは知の探索によって「ここはよさそうだ」と思ったところを深掘りしていくことを指します。

山野:社長業に忙殺される前の、アトツギ時代にこそ、知の探索はやっておくべきことの1つだと思います。ただ、実際にアトツギが知の探索を進め新規事業を立ち上げようとすると、経営者を務める親から「遊んでいる」と誤解されがちです。このため、アトツギから「継続するのが難しい」という声をよく聞きます。

入山氏:それでも、知の探索を続けるしかない、というのが私の考えです。事業を次の代も続けるには先代のやってきたことを続けるだけではうまくいかない以上、アトツギは親に従順になるのでなく、自分の考えで知の探索を進めるべきです。親にしても後を継がせようと思っている以上、アトツギの新規事業が大変なことになりそうなら、「このままではダメだ」と言ってくれるはずです。

 アトツギの知の探索で大切なのは、結果を出すことです。「自分はすごい」「知の探索をしてきた」と言っても、何の結果もなければ親や周囲からは「1円も稼いでいない」と返されるだけですから、目の前の結果にはこだわったほうがいい。例えば、兵庫県伊丹市の畳メーカー、TTNコーポレーションの場合、アトツギは畳店の24時間営業を考えましたが、社内は誰もついてきませんでした。「それならば自分1人でやろう」と考えたものの必要な技術がないため、まずは職人に頭を下げて弟子入り。一通り仕事ができるようになると、1人で夜中の営業も始めました。当時、日本中にそんな取り組みをしているところはなかったため、結果がどんどんついてきました。すると周囲も変わり、応援するようになりました。小さくてもいいから、全力でやって結果を出して、周囲を認めさせることが重要です。

次ページ 経営者のパートナーの役割