介護者は「吐き出す機会」がなかなかない
増谷:親御さんといっしょでは、言えないことも多いですよね。
川内:そうなんです。親への不満、愚痴、仕事への不安をまずは思いっきり吐き出していただいて、それで初めて自分の状況、増谷さんがおっしゃる「個別」の事情を考える心と時間の余裕が持てるわけです。『親不孝介護』で言いたいのもそういうことなんですよね。親と距離を取らないと、自分の状況を冷静に考えることはできない、そう思っています。
分かります。私も直接、親と向き合っていたときは、とにかく小さなことでイライラして、電話で話すのもうんざりしていましたから。
川内:自分で介護を始めると、どんなに能力がある方でも、もう現状に対応するだけで、いっぱいいっぱいになります。親という、かつての自分の「安全基地」が壊れていくのを直視するのは、人間にとってあまりにつらくて、「なぜあの立派だった親がこんなことになるんだ」という思いがあふれて、冷静な判断ができなくなるんですよ。
(関連する内容を本書から以下に転載しました。次回は、ブリヂストンの介護セミナーの実際について伺います)
これは大学の授業で習った話ですが、心理学的に子どもにとって親というものは、ある意味自分の一部であり、かつ、いつでも帰れる「安全な基地」としていつまでも感じられている。たとえ、親が高齢になっても自分にとってそういう存在である、とまで言われているんです。
いつでも帰れる安全な基地。
川内:ところが親が老化したり認知症になることなどによって、その安全な基地が崩れてしまう、安心して寄りかかれる場所がなくなっていく。これに直面することが、子どもの心理にものすごい負荷をかけるそうなんですね。気持ちがかき乱されるので、実の親に対して「客観的に」「冷静に」と思っても、非常に難しいところがある。
そうか……何でこんなにイラつくんだろう、こんなきつい言葉をぶつけてしまうんだろう、と思っていたのですが、自分の絶対安全ゾーンだ、と思っていた場所が崩れていくのを見て、「そうじゃないだろう、きちんとしてくれないと“俺が”困るんだよ」というような、悲鳴を上げているみたいなものなんですかね。
ってことは、親じゃなくて、自分の問題ってことですか、これ?
安全な基地の崩壊に、息子は冷静でいられなくなる
川内:まったくその通りです。特に自分の経験上、これは男性が母親を介護する場合に目立つので、先に知っておくことが重要です。でないと、必ず生じる母への怒りに「親に対してなんてことを」と罪悪感を覚え、それに自分が押しつぶされてしまいます。
(中略)
逆に言えば、介護者である子どもから見て「すてきなお母さん」であった記憶が強ければ強いほど、介護がきっかけになってそうでない部分が見える。そして、子どもは大きな落差に苦しむことになってしまう。
うちがまさにそうでした。
川内:はい。企業に出掛けていって介護の個別相談をしますと、今Yさんがしたようなお話を聞くことがとてもとても多い。「自分は母に対して、なぜここまで厳しく当たってしまうんでしょう」と。「それは心理的に当然の反応なんですよ」と説明すると、ほっとした顔をされますね。
私も川内さんからこの話を聞いて、すごく楽になりました。
(第2章「平気でウソをつくなんて! 母さん、そんな人だっけ?」より)
「長男だから、親を引き取るか実家に帰らないと」→必要なし!
「家族全員で、親を支えてあげないと」→必要なし!
「親のリハビリ、本人のために頑張らせないと」→必要なし!
「親が施設に入ったら、せめて、まめに顔を見せに行かないと」→必要なし!
「親と距離を取るほうが、介護はうまくいく」
一見、親不孝と思われそうなスタンスが、
介護する側の会社員や家族を、そしてなにより介護される親をラクにしていく。
要介護チェックリスト・介護を抱えた部下との想定問答集付き
電通、ブリヂストン、コマツなど大手企業の介護相談で活躍中の川内潤さん(NPO法人となりのかいご代表)のアドバイスを受けて、遠距離の「親不孝介護」に挑んだ編集Yの5年間の実録。
親の介護が始まる前に、これを知っておくのと知らないのとでは、働き方にも介護のクオリティにも大きな差が付きます。 公的支援を受けるべきかどうかのチェックシート、 部下の介護離職を止めるための想定問答集も掲載!
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