有能なビジネスパーソンが介護士免許を取ろうとする

川内:あるいは、組合が要求することもあるでしょうね。自分で介護を始めた従業者さんから「介護に充てる時間がなくて困っている」という声が上がってくる。この声に基づいて組合が動き、会社もそれに応えようと、介護休暇・休職制度をどんどん拡充していく。でもこれは、実は結果として離職を後押ししていることになりかねない。

撤退戦を援軍ナシで戦おうとすると

川内:じりじりと悪化する状況を前提に置いたとき、最も必要なのは、その戦線を受け持つ人が「最後の瞬間まで戦い抜く」体力、精神力を維持することです。そのためには、どうすべきか。普通に考えれば「1人で何もかもやろうとせず、組織や社会の力を借りる。人に相談して悩みを分かってもらい、支援を受ける」と、なりますよね。

 はい。厳しい戦況で援軍がない状態は、物理的にも精神的にも厳しいでしょう。

川内:仕事のできるビジネスパーソンが、これを理解できないはずがない。ですが、これまで見てきた通り、子どもは親の状況に冷静に対応できず、なんでも「自分でやってあげる」ことに執着しがちなんです。

 お話に出た「介護は身内の問題だから、他人の世話になりたくない」と、「親は最後の安全基地」ですね。

川内:それにしたって、「まさか」ですよね。ロジカルで優秀な人なら、そこは合理的に割り切れそうだけど、と。

 でも、誰もが知る大手企業の幹部でバリバリ仕事をしている人が、冷静さを失って、自らホームヘルパーなどの資格を取ろうと勉強し始めたのを、僕は何人も見ています。

 自分で介護を抱え込めば、当然、仕事に時間を使えなくなり、結果が出なくなります。そこで冷静さを取り戻すか、といえば逆で「中途半端だから親の状況がよくならないんだ」と、仕事のほうを辞めてしまって「介護離職」に至り、ますます無理を重ねて親の世話をして、ついに倒れてしまう。

 介護している人が先に倒れてしまえば、親も倒れてしまいます。「介護の共倒れ」は、実際にたくさん起こっている悲劇です。

 冗談じゃない、誰か止めてあげてください。

川内:でも、この暴走も親を大切に思う気持ちからきていることなので、周囲はなかなか止めることができないんですよ。

 親も、他人の世話を受けることへの不安から子どもを頼りにするようになり、しだいに依存します。子どもはその気持ちに応え、有能であるが故に綿密に計画を立て、自分の時間と健康を犠牲にしても面倒を見てあげようとします。その結果、親がまだ自分でできていたこともやってあげるようになり、本人のできることがどんどん減ってしまうのです。

 あああ。何度聞いてもこの流れは心が痛む。

(『親不孝介護』第8章「なぜ『デキる社員』ほど介護離職に突き進むのか?」より)

川内:制度として休暇・休職を取り入れている企業さんは多いのですが、「打ち出し方を考えないと、むしろ逆効果になるかも」というところまで気付けている企業さんはまだ少ないと思います。だから、今、増谷さんが言ってくれた言葉に「ああ、よかったな」と思いました。

増谷:私の中では介護も、もちろん育児もそうなんですけれども、「休む」というのは選択肢の一つであって、それぞれの皆さんの状況によって、休職するのか、休暇で済むのか、休まずになんとかできるのか、ということを、専門家の方とちゃんと相談をして決めていくべきことなんだと感じています。でも、説明が足りないと「制度があるから使わなきゃ、休まなきゃ」という感じになってしまうリスクもあるのかなと。

川内:そうですよね。そう思っていただけることが企業の人材マネジメントにとっては非常に大事だと思いますし、「言わなければ分からない」こともやっぱりあるわけで。

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