太田:うん、だから一応「頑張ったね」とか何か言っていたんだけど、ふと、「あ、越路吹雪」って。実は、おやじが入院してもうほとんど会話も成立してないときに、おやじは落語が好きだったので、俺はiPodに志ん生を入れていたんですよ。五代目古今亭志ん生。自分で聴く用だったんだけど、おやじにも聴かせようかと、ちょっとこう耳に入れたりして、まあ、聞こえているのかどうだか分からなかったけど。

 そうだ、おふくろなら越路吹雪だ、あったかなと思ってiPodを探したらたまたま入っていたので。それで聴かせた、という感じでしたね。

川内:お母様にも聴いていただいているんだけれども、ご自身も、イヤホンの片側を使って……。

太田:うん、自分も聴いていましたね。

川内:聴いたんですよね。それが私は、ごめんなさい、いい言葉を知らなくてありきたりで申し訳ないんですけど、とても美しい姿なんじゃないかなと。

太田:まあね。だからそれは死ぬだろうと分かっていたからね。最期、ちょっと一緒に聴こうか、という感じですよね。

川内:なるほど。それはもしかして、昔、一緒に演劇を見に行っていたときのような感覚で。

太田:まあね、どうかね(笑)。

「とにかく死なせないでほしい」

川内:私は、働きながら家族の介護をされている方の相談を受けるのが今の主な仕事なんですけど、とても感情的になってしまって「とにかく生かしておいてくれ」となったり、いいお別れができなかったりする方が残念ながらかなりいらっしゃいます。

太田:まあ、難しいところですよね、それはね。それは本当に人によると思います。

川内:なぜこういう、ご自身が納得できるお別れができたのか、ご自分ではどう思われますか。

太田:うちの場合は、おふくろはそういう、ただ生きているだけになるような延命措置は望まない人だというのは分かっていたし、本人も、これで別れになると分かっていたふしがあるんです。俺が病院に駆けつけたときに、ごめんね、また転んじゃった。これまでお世話になりました、みたいなことを言っていた。

川内:そういうことをおっしゃったんですか。

太田:うん、そうそう。

川内:そうですか。太田さんはそれを聞いて。

太田:母親らしいなとは思いましたね。

川内:そうご本人がおっしゃっても、家族の側は、「お母さん、そんな弱気なこと言うんじゃないわよ」と言ったりとかしがちなんです。もちろん、本当にそうお思いなんでしょうけれど、「看取られる本人が望むこと」よりも「とにかく死ぬことは良くない、避けねばいけない」という、ある意味、世間というか、健康なときの常識に縛られているようにも思えるんです。

太田:まあ、それはあるでしょうね。だってさ、まだ親の死に直面したことがこれまでない人もいるわけだから。

川内:分からないから「常識」に頼ってしまうわけですね。

太田:それまでは考えたことがないから、とにかく死なせないでください、となるのかもしれない。

川内:なるほど。確かに、お別れの形は人それぞれで、太田さんとお母様みたいな距離感があって、その上でいろいろなことを選べたらそれはいいと思うんです。けれど、そうじゃなくて、とにかく一直線に、「相手のため」と言いながらも完全に自分のためにやっちゃっている状態に入っていく感じの人が多くて。

分からない、考えない、それで世間の常識に従ってしまう

 川内さんのスイッチが入っちゃいましたが、これは、看取りだけではなくて、介護も同じですよね。

NPO法人となりのかいご代表・川内潤さん
NPO法人となりのかいご代表・川内潤さん

川内:はい、未体験なところに突っ込むという意味で、介護と同じ話です。分からないから本人のためにどうしたらいいのか自分の頭で考える、ではなくて、「世間ではこうしている、こうするのが親孝行だ」という、あまり意味がないように思える常識に縛られて、とにかく延命、とにかく自分の手で介護、と、突っ走ってしまう。

 考える余裕がないのも分かるけれど、何も分からないなら、まず親と距離を取って落ち着こう、というのが『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』の趣旨なんですよね。

川内:ありがとうございます(笑)。ですので、太田さんのようにお母様がお好きな音楽を一緒に聴いて最期の時間を過ごせるような人が増えていくほうが、健全だし、親も子どもも幸せなんじゃないかな、と。

太田:それは本当に、つまり、これはなかなか言いにくいけど、人の生き死に、もしかすると介護もそうなのかもしれないけど、それに関することについては、「考えてはいけない、とにかく死なせない」という雰囲気があるよね。

川内:分かります。すごくあると思います。

太田:「とにかく死なせない」という人もいていいんだけど、「死なせない以外は許さない、考えることも許さない」というのはまずいし、厄介だなと思うんだよね。まあ、直面したことがないと分からないもんなんだろうけれど。

川内:いや、直面しても分からない、考えようとしない気がします。

 川内さん、どうどう(笑)。

(次回に続きます)

介護は“親不孝”なほうがうまくいく!?
『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』
『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』

「長男だから、親を引き取るか実家に帰らないと」→必要なし!
「家族全員で、親を支えてあげないと」→必要なし!
「親のリハビリ、本人のために頑張らせないと」→必要なし!
「親が施設に入ったら、せめて、まめに顔を見せに行かないと」→必要なし!

「親と距離を取るほうが、介護はうまくいく」
一見、親不孝と思われそうなスタンスが、 介護する側の会社員や家族を そしてなにより介護される親をラクにしていく。

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電通、ブリヂストン、コマツなど大手企業の介護相談で活躍中の川内潤さん(NPO法人となりのかいご代表)のアドバイスの元、遠距離の「親不孝介護」に挑んだ編集Yの5年間の実録。

親の介護が始まる前に、これを知っておくのと知らないのとでは、働き方にも介護のクオリティにも大きな差が付きます。 公的支援を受けるべきかどうかのチェックシート、 部下の介護離職を止めるための想定問答集も掲載!

親不孝介護 距離を取るからうまくいく

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