髙橋:私の実家は横浜なのですが。

えっ横浜?! コミュニティの強さからすると意外です。

ご近所さんがしてくれた「あえてしない介護」

髙橋:横浜のチベットと呼ばれているくらいで、共同体意識がわりと強い地域なのかもしれませんね。ご近所のみなさんが以前から高齢の両親のことも見守ってくれていたんです。父が要介護ということになり、あらためて菓子折りを持ってご挨拶に回りました。町内会の食事会などにも積極的に参加して、あらかじめ「ご迷惑おかけして申し訳ありません」と謝りました。父はいるだけで迷惑ですからね。「うちのおやじは認知症です」と言いながら、私の携帯番号を渡して、何かあればすぐに連絡をしてください、とお願いしました。

それで実際に電話が来たりはしましたか?

髙橋:当初、民生委員を通じて「パジャマを来たまま歩いている」という通報がありましたけど、それ以降はほとんどなかったですね。父はあちこちでウロウロしたり、何かしらやらかしていたと思います。でもご近所の方々は「これぐらいはまだ大丈夫だな」と見守ってくださったんでしょう。連絡すれば、私たちを呼びつけることになってしまうから。みなさん「自分たちの生活を大切にしなさい」と言ってくださっていました。電話一つするにも気を配ってくれたんです。

 介護って、何かする、ではなくて「あえて何かをしない」ということでもあるんですね。ヘンな行動を目撃しても、それをあえて言わずに飲み込んでいてくれる。ご近所のみなさんが「あえて何もしない介護」をしてくださったおかげで、大きなトラブルもなく過ごせたと思っています。

『親不孝介護』にもつながりますが、あえてしない介護ってすごく面白いですね。

川内:一般的な考え方だと、何かやることが介護だと思われていますが、専門職として思うのは、介護で一番難しいのは見守りなんです。つまり、何もしないこと。

 その方がご自身でできる、ぎりぎりのところをどう見極めて、その中のことなら手を出さない。そういうことが介護では一番高度だし、難しい。でも、それを地域の方がやってくださったというのは……。

いうのは?

川内:お父さまがすごくいいご近所付き合いをされてきたのだなと思いました。もし、ご近所さんとの関係性が悪かったら、そうはなりません。

なるほど。

川内:「ついにあそこのうちの父親がボケたぞ」「これを機会に息子に引き取ってもらおう」みたいな話になってしまう。そうなったら「なんでお前が面倒を見ないんだ」って、ガンガン髙橋さんの電話が鳴ったはずですよ。そうならなかったのは、お父さまが地域のみなさんに愛されて、サポートしてもらえるような人柄だったからではないでしょうか。

NPO法人となりのかいご代表・川内潤さん
NPO法人となりのかいご代表・川内潤さん

 親が認知症になったとして、「何をやるか分からなくて、心配だ」と思うのは、実はご家族の方が多い。地域で普段から見ていらっしゃる方は、じわじわと認知症になっていく過程を知っているので、「あのお父さん、いつもあんな感じだよ」と分かっている。でも、離れて暮らしていた息子さんが、突然、父親が認知症になった状態を見てしまったら、その衝撃で「きっと周りの方に迷惑をかけている」と思い込んでパニックになって、一人で介護を抱え込んでしまったりするんです。

威厳があったり、尊敬していた父親だったりするとなおさらでしょうね。

川内:はい、親の仮面というロールプレーをしていたのに、それが認知症でできなくなり、素の自分になることで、記憶の中の威厳のある父親との落差が生じて、大きなショックを受けることが多いですね。過剰に反応されるのも無理はありません。

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